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幼児虐待

2000年ぐらいに書いたものを、そのままアップしてみます。
HPでは、人目につくこともありませんので・・
下手な文章ですが(笑



最近良く聞く話しだが 毎日ニュースを賑わせている 小さな子供達の悲惨な話

しかし このニュ- スを聞く大人達の意見と言えば

「何を考えているのか!この母親は!」とか 「可愛そうに 私達にはこんな事思ったこともない」

「最近の若者は恐いね~ 何をするか分からないよ まったく!」
など

そんな話しを良く聞く この事は 他の話しでも良く聞く 少年犯罪や援助交際など

どのの話しを聞いても みんな同じ事を言っているように聞こえる

これが世間の常識だろう・・・・ これが当たり前なのだ・・・・

絶対あってはならないことなのだが ほとんど毎日ニュースで流れているということも事実です

このような方々が 身近にたくさんいるという現実をどう捉えるのかというのが

私の今一番考えていることだと思います。



このように毎日の様に この話しが取り沙汰されるということは

ごく普通の人達がごく普通の生活の中で 行われているという認識が必要になってきます。



自分の生活を考えると 自分がイライラしている時目の前に小さな子供がいたとします

子供をなにも悪いことをしていないのに 早く勉強しなさいとか 早く寝なさいとか

激しい口調で叱ったりしている事でさえ なんで自分がこんなに叱っているのか

自己嫌悪に落ちいってしまう   なぜか腹立たしくなって子供を叱った事

その事を 自分の中の意識から消し去って 自分の家庭の中で考えないようにしていては

このようなニュースは 今後ますます増えてゆく事は 考えなくてもわかるはずです

多分今現在 自分の子供を虐待している人でさえ 自分か凶器のようになる事を 

恐れ 抑えきれずに 苦しんでいる事でしょう 


その凶器のような自分 の凶器の部分を 解明しなければ虐待は終わりなき戦いとなる

虐待の その残虐性だけを取り上げても 何ら解決する事はない

人は 追い詰められた時 激しい残虐性を持つ それは優しい人でも変わりなでしょう

 

クラスでみんなにしかとされ 誰もしゃべってくれない そんな毎日を送るしかない

人がいたとします 毎日針のムシロのような生活を余儀なくされ 

自分の力では その環境を変えることが出来ない 学校に行かないのも親に心配させる

板ばさみに苦しみ 追い詰められ もうどうしようもないと悲観する

そんな時 シカトする連中の中の 主犯格の奴さえいなければ 何もかもうまく行く

あいつさえいなければ・・・・・ あいつさえいなければ・・・・ あいつが死ねば・・・

など考えてしまいます。


 そんな風に思った事はありませんか?

殺してしまえば どうなるかぐらい 普通の知識があれば誰でもわかるはずです。



こんな逃れられない環境の中 生活しているとすれば どんな方向に人の心が向いてゆくのか

経験のある人ならわかるはずです。


 たいていの子供達は 追い詰められて

自殺していますが この気持ちが相手に対する 激しい憎悪に入れ替わってしまえば

激しい残虐性にさいなまれる事になるでしょう。。


この虐待とは何の関係もない話しのようですが 人間の動物的生き方として考えると

どの行動も 意外に共通している事に気付く事になると思います。

 

現代では 命の危険を感じて生活している人は 

まず・・・・ いない・・・・

しかし 動物的に考えると 人間というのは常に危険を感じて生きていると考えれば

行動心理と言う事柄は 意外と理解しやすいことだと思う

動物的に考えれば 動物は 外敵から身を守るために色々な行動を取っている

”身を守る行動” ということを 虐待した親と考えてみると

その虐待をされている子供の行動事態が 虐待している親にとって 非常に危険なことである と

感じている(外敵がちかずいているような感覚)のだとすれば この親の行動は 理解されることだろう
 

(あくまでもこの親の取った行動が許されるわけではないのだが・・・・・・)


例えば 20才にもなって 今だ一人の彼女もいない 男性がいたとします

同じ世代の友達同士集まれば 当然話しは そんな事に集中してきます

しかし そんな事にコンプレックスを持つている人は その話をする前から

その事に危険を感じて 話題をそちらの方にもって行かないようにしたり 

そんな話が始まると 思いついたような大声で話題を変えてみたりするものです



常に人間は 危険を素早く察知して それに対処していると考えれば

直接その部分に攻撃してくる 言葉には反撃を加えることも多々あるはずです

一見すれば 逆切れ状態の様に思われる行動でさえ 

深く考えれば 自分の身を守っている行動なのです

登校拒否している子供や 引きこもっている人など 身を守る行動だと考えれば 説明がつくはずです 

もし登校拒否している子供が 学校に行き続ければ

登校拒否の原因になっているものに対して 攻撃をしなくてはならない 

攻撃をするということ すなわち激しい感情が覚醒します

その感情の覚醒を 環境と理性が押さえるため 登校拒否という行動に走ります

爆発できない気持ちを抑えながら 家の中に閉じこもり 人と関わりを持たないで

過ごさなければならない訳ですから 子供達は非常に無力感に襲われるはずです

学校で受けた 他者からの攻撃を受け 自分の身を守り 攻撃もきない辛さのハザマで

葛藤しながら 自分を追い詰めることで 生きる事をやっと支えることができているのです

”こんなつらいことを我慢してるんだよ!” といわんばかりに・・・・・・

 

なぜテーマが 幼児虐待なのに 他の事ばかり書いているのか不思議な方も多いでしょうが

私にしてみれば 精神の歪んだ感情という物は どのテーマにしても類似していて

危険を感じれば 色々な行動で表現するので みんな別の事の様に感じてしまっているだけなのです

子供の泣き声が ナイフを持った暴漢に映っているとしたら 虐待する人のことは理解できます

子供がいう事を聞かないことさえ 自分が子供の頃 恐怖を思い起こせる事であったとしたら

と考えたら理解できるのです。


しかし こんな事を書いたとしても 誰もが 私の考えについて 

理解してもらえるとは思ってはいません。




ただ言えることは 誰の中にもそんな心は存在すると言うことだけです 

その支配する恐怖を 一つ一つ思い出さなければならないのです

そんな自分と戦わなければならないのです しかし 1人で戦ってはならないことも

知っておかなければならない事の一つです

無責任な事を書きましたが 自分の心と戦うという事の重みだけは知っているつもりです。


きんたろう



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ドラマ あかんたれ【アダルトチルドレン克服のヒント】

1976年から放送された東海テレビ制作の昼ドラマ。花登筐の作品である。

30分、180回以上にものぼる 長い作品の中に


アダルトチルドレン、過保護、過干渉、いじめ、共依存、力量、自立など

ありとあらゆるヒントが詰まったドラマです。

このドラマと出会わなければ、今の私は無かったと断言出来るくらい

すごいドラマなんです。

もし、皆さんの地域で再放送があっているなら

録画されて見る事をお勧めします。

そして、このドラマの視聴の仕方をこれから説明したいと思います。





ドラマ視聴の仕方

成田屋で繰り広げられるこのドラマ

登場人物のほとんどが、アダルトチルドレンの要素を多く持っています。

そして、それを、一人一人としてみてゆくのではなく

全ての登場人物を、自分の心の中のひとつとしてドラマを見ることを

お勧めします。




自分の心の核を心に置く

まず、自分の心の核にであろう登場人物、妾(めかけ)の子供である秀松を

自分の心の中心におきながらドラマを見て行くのです。

その他の登場人物は、自分の心の中の

邪魔をしている人であったり、自分を許してくれない執着している人であったり

そんなことを感じながらドラマの展開を見てゆくと良いかと思います。




執着心と秀松


秀松には、乗り越えなければならない執着心があったということを仮想しながら

自分に例えて、このドラマを見てゆくと色々な物が見えてきます。




登場自分物は自分が乗り越えなければならない壁


あかんたれには、秀松の本当に欲しいものを満たすまでの肯定が

ドラマとして描かれています。

まるで、満たされるまでの肯定は、アダルトチルドレン克服の肯定のようでさえあります。

秀松は、多くの沈黙を使い、失敗したときは拒絶されてきました。
この沈黙のさまを見るだけでも、とても、ためになると思います。

本妻の子供たちが、秀松を認めてゆくさまは

まるで、自分の心を手放すような感じさえ受け止められるのです。




手助けしてくれる仲間たち


秀松には、少しづつ、秀松の真意を理解し、手助けしてくれる仲間が増えてゆきます。

この仲間たちを、心の中で増やしてゆくことが、回復の大きな手助けになってゆくことになります。

これらのことは、自分の身の回りのごくわずかな人間の中にも

必ずいる・・・そう感じることができれば、物事は大きく変わることになります。

全ては、感じ方を、記憶が支配している。。。

これまで、多くの方と接してきて一番思うことでもあります。

この感覚の大きなズレが、修正できないからこそ心が苦しい・・・
そう思うのです。

そして、秀松がどんなに仲間を増やそうと満たされない様子が描かれているのです。





和解できない人

あかんたれには、どうしても和解出来ない人が出てきます。

それは、安造と分家のおじさんです。

これらの人たちは、アダルトチルドレンで言えば、変わらない親と同じだと考えてください。

この人たちの、ドラマの処理の仕方が、自分の親との心の区切りを良く示している
そう感じてきました。

もちろん、親が変わる場合もありますが、中々、そうもいきませんよね。

このどうしようもない二人にとった、秀松の言動はとてもためになると思います。





馬鹿な存在


一番重要な存在だと考えています。

あかんたれには、お梅どんや、秀松のおばあちゃん、小番頭の豆七、ぼたんなど

本当に単純で本能的に訴えてくるからこそ、伝わることがあるのではないかと感じました。

この素直な感覚が、たぶん自分を支えてきたものだろうと思います。





最後に、

心は、自分との戦いなのだと思います。

戦うからこそ、戦った末の最後の自分を

一足先に、気づかなければ・・・



互いに自滅することになるのではないかと思います。

生き残るためには、ひとつの心を治めなければならないのです。

もし、あかんたれをみて、そう感じていただければ幸いです。


きんたろう

再放送の情報

あかんたれ情報




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アダルトチルドレン両親との和解

心の問題に関わり、一番思うこと
 
両親との和解・・・

これらのことを考えると、共依存であったりすれば

どうしても、方向修正の考えを持ちがちで

必ずなさねばならない事のように考えがちですが

これらの事は、自分の抱える心の問題とは一切関係ないと

考える方が事が、良い方向に導くのではないかと考えています。

それは、子供自体が一番望んでいる事が、

親との和解であるとすれば、その欲求を満たす答えを

親は、決して出してくれはしないという事にあります。


そして、それにこだわる事こそ、本当の心の問題の原点であるのです。

しかし、これらの事は、自分の心があきらめるまで続く事である事は

間違いの無い事実です。

だからこそ、人は、人とふれあいその間違いに気づくまで

自分を思い存分出し切る事が必要なのかもしれません。

心の終着点は、きっとそこにあります。





これらの事は、アダルトチルドレンに限らず、

現代の子供たちの多くに起こっている現象だともいえます。

だからこそ、現在、子供の事で悩める人たちは、

自分の過去を振り返る必要があるのだと思うのです。

しかし、風通しの悪くなった現代の家庭では

違いが分かりにくくなり、自分のどこがいけないのか判らない

事の方が多いのだと考えています。

和解の為に、自分は生きているのではない!

和解できない人と、滑らかに生きる事を望んでいる自分に

ただ、ひたすら気づく為に

今を生きているという事を、知らなければならない・・・・

悲しいけれど、、、

体験として、そう感じるのです。





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テーマ : AC(アダルトチルドレン)
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空気読めよ!「文章から心を読む」

言葉の羅列には、意味があると思いませんか?

無意識な日記の中にも その人の欲求や方向性が現れているということを
感じたことはありませんか?

自分の書いた文章も、読み返してみると案外面白い自分を発見することが出来るかもしれません。

自分の問題を解決するとき、
必ず、読み返すという作業が必要になるのではないかと
そう思うからです。

自分の問題のみならず、家族の問題を解決しようと思うなら
自分の文章を振り返ることがとても重要になってくるのではないかと思います。

ネットという文化が根付き、ブログという容易く日記が書け
検索にも載り、人が集まり意見しあうことの出来る場所が提供されていることにが
これだけ発展してきた背景があるのかもしれませんね。

多数の人間が互いに、認証しあうことの出来るツールとして
これらの事は、広まることになったのです。
その事を踏まえて、なぜ人々は、喋ると言うコミニュケーションをうとましんでまで
ブログなどの、文字ツールに頼ることになったのでしょうか?


現代は、発言することに大変ストレスを感じる時代になってきたのかもしれません。
だからこそ、発言することの責任を放棄し、本心を文字に託すことによって
それぞれの心の形を、表現するようになったと考えています。

これまでネットで交流してきた人たちは、
文章が、とても上手でした、馴染んでいるといったほうがよいのかも知れません。
そして、文章が上手いからこそ見えてくる形もあるのだと思うのです。

 
それらの文章を読んでゆくと、文章全体は客観的にも関わらす
内容は、客観的とは言えないものが多く存在しました。 

つまり、事が起こった、その現状の時点で、文章のままのことを感じたまま・・
納得していない状態で、残り続けているのです。
だからこそ、文章にそのまま残り続けているのではないでしょうか?

つまり、ブログや日記などは、過去のことを思い返しながら書いてゆく方が
ほとんどだと思いますが・・・
思い返して返して、書いているにも関わらず、過去のままの認識で書いている・・

日記やブログなどを読んでいると、あからさまに考えの偏りを第三者から見れば
感じるのに、思いやりや罪悪感をまったく感じない文章
が綴られている事があります。

しかし、このことは、人間関係を重んじれば、触れないように、差しさわりのないように
”空気を読んだかのような文章という形で返事”として伝えられます。

空気読めよ!!」は、

自分の心を読みなさいという、アピールを回りくどく伝えているだけで
自分を見つめる為、他者に訴える事で投げかけてりる問題なのではないでしょうか?
これだけ、五万という人たちが集まり、
盛んに、「空気読め!!」と言い合っている姿を思い起こせば、
それぞれが、それぞれに、想いが交差し合い・・・
回りくどく伝えようとし、空回りしている鬱積が、社会現象をなっているだけではないのか?
そう考えてしまうのです。


現代の人間関係は、その場の認証をし合えないまま、
世代や感情がズレた状態で、関係が一旦打ち切られててしまうために
認証欲求というものが、ブログやネットという形で、噴出している
のかもしれません。
そういう意味で、文章を書く現代の生き方を逆手にとって
文章の中に、言動を探るということが自分認証の早道になると思うのです。

人の考えなど、自由でいいのではないでしょうか?
空気読めよ!」と自分が感じたとき・・
自分が何に触れて欲しくないのか、自分がどんな言葉を求めているのか?

そことをみんなで気づくため、創られた言葉なのかもしれませんよ。

きんたろう





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情けない・・・【心の闇は容赦ない】

家庭の中で、あからさまに悪いと分かっていても

その事を、責めることが出来ないのが私の役割でもあります。

そのつど、バランスをとるしかない自分がいつも情けなくて

それを、変えようと、させない過去が恨めしくて・・・

もどかしいのです。。。

心の闇を、待っている時間は、限られています。

どんな不快を排除しても、満足することのないのが心の闇だと感じています。


家族の中の、誰かを守ろうとすると

情けないほどの、結末が容赦なく待ち構えています。

それを体感すればするほど、、

心の闇の奥深さを、感じてしまうのです・・・・

本当に、情けない話です。

しかし、待つ時間がどれくらいあるか・・・・

分からなくても・・・・

待つしかないのだと・・・・

いつも、思い知らされるのです。。。


きんたろう




私は、今日、子供の心に傷をつけてしまいました。
もしかしたら、このような状況に陥るのではないかと
予見しながら、事態を作ってしまいました。

私は、子供に謝り、妻を罵ることで、
子供の傷ついた心に、バランスをとろうとしました。
しかし、心の闇は、決して、このことに気づいてくれようとはしないのです。

だからこそ、この心の闇に気づいて欲しいのです。
ここまで深い傷とならないためにも
すぐに気づけるあなたであることをいつもいのって
ブログを書いているのです。






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ジャンル : 心と身体

子供の問題を抱える親の勘違い【不登校・家庭内暴力】

不登校・家庭内暴力・自傷
問題の原因は、それぞれにあることだろうと思います。

しかし、これらは、問題発症の近くの原因にインパクトが大きいため
そのことにまず目が行きます。
つまり、問題が近く大きいことのインパクトが大きいため
その事が頭を支配してしまうのです


二つ目に、自分に原因があることを人は最も恐れるため
記憶の操作を行います。


これらの事は、子供が問題を起こしてから
手の裏を返したように態度が一変し、腫れ物を触るかのように気を使うことによって
操作される可能性があるからです。

つまり、これまでの生育暦を「無かったことにしよう」という
これまでに無かった気遣いをすることによって
「私は、、これだけ勉強し、子供のことを気遣っている」
という行為を何度もすることにより、打ち消され心うすれて行くことを
この場合は、記憶の操作と考えてください。

その行為をすることによって、完全にその罪悪感が無くなったときに
自分の怒りの方向性を違おうものに摩り替える事になるかもしれません。
(いじめ・先生・学校の環境など)

ここは、大変重要な部分ですので、よく心に問いかけてみてください。

現在では、ここまでに至るスピードが速く(記憶の操作のスピード)
即、学校が悪い、クラスメートが悪いという考えに到達してしまうのではないでしょうか?


これらのことを、一度クリアし、自分と向き合うことをせず
それらの方向に走ると
いつまでも、その問題は長引くことになります。

つまり、子供の自立から遠のくという事になります。


例えば、大人の会話で

「あの人!酷いよね!」

「うんうん、私も酷いと思う!!!」


このような会話をした事あるかもしれません。

しかし、このような会話をした後、酷い人と指差した人との関係
良い方向には行きにくいのではないでしょうか?

だとすれば、自分の子供に「あの人(友達・先生)酷いよね!!」といった場合
いかがでしょうか?
その指差した人たちとの関係は上手く事もなく・・・
その閉ざした心は、いっそう心閉ざされてゆくのではないでしょうか?

私たちは、「相手から嫌われているなっ・・」て言う雰囲気さえ読み取る能力を
もともと、備え付けているのです。

だからこそ、例え言葉に出さなくても子供たちには伝わってしまう。
しかし、子供達は、愛する人を攻める事を選ぼうとはしません。

それは、人を愛するという本能からだと思います。

だから、自分を責めたり、人を攻めたりしなければならなくなったのではないでしょうか?
自分の中の柱である愛情の元を(親) 汚したくない、守りたい、
そう思っているのではないでしょうか?

そして、自分の愛せる人になって欲しいという叫び(表現)なのではないでしょうか?

この、真の愛情に気づかない限り、感じない限り・・・

親も、

子供も、


偽りの回復と、自立を演じ続けなければならないのです。

この、、演じるという勘違いに一人でも多く気づける事が

本当の回復であり、自立であり。。。。

いじめや、不登校、家庭内暴力などの子供の問題。。

DVや依存、アダルトチルドレン、鬱などのさまざまな問題を



減らしてゆける唯一の方法なのではないかと思います。

きんたろう






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テーマ : 不登校
ジャンル : 学校・教育

あなたが問いかけようとしているものは何ですか?

あなたが問いかけようとしているものはなんですか?

その事を問いかける為に・・

何度も、この場所にこられているのではないですか?

あなたは、何度も、このページを開け

心閉ざす為に、このページを見るのでしょうか?

だとしたら、このページを開けるたびに・・

心が苦しくなっているのではありませんか?

私は、あなたを苦しめる為に、

あなたに会う事になったわけではありません。



なぜ、あなたは、

このページを開けるのでしょうか?


あなたは、何を問いかけようとしているのですか?







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今ある自分は、過去の自分【人を育む】

心の壁を、何度も乗り越えてきた人は

その辛さを、忘れるわけにはいきません。

だからこそ、目の前にいる人を

過去の自分だと思うことが出来る・・・

長く・・・

深く・・・

愛しく・・・


きんたろう




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虐待

同情の話のついでに虐待の話について
少し触れさせてください・・

虐待を受けているその子供の周辺にいる大人は
その問題ばかりに目がいってしまい
その子ども自身に目が行かなくなってしまいます。

私もおなじようなことを考えただろうと思います。
今日考えさせられました。

そんな大人たちからの視線を受け続ければ
問題があっての自分なのかな?って思ったりするかも知れない。
そんなことを考えました。

きんたろう




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同調をさせる同情【えーっ! まじ?! 現代の子供】

先日、同じことをしている人【同調と同情】という記事を書きました。

では、現代の子供たちはどうなのだろう?
そう考えた人は、いないでしょうか。


現代の子供たちは、強い同調を求めています。
「・・だよね♪」

この言葉に反論するのは難しく
「うん、うん」とか「だよね♪」重複言葉しか返しにくくなっています。

「・・だよね♪」に対して 「そうそう、○○だよねぇ~♪」で返すという
変なやり取りになりがちなのです。

これに反論するには、「エーッ!!」とか「マジ!!」とかいう
誤魔化(驚いた振り)しを使った後に、自分の真意を述べなければならないのです。

子供たちは、相手が同調してほしいのを分かっているから
あえてこのようなやり取りをするのではないでしょうか?
私には、子供たちが友達に同情してこのような使い回しをしているとしか思えません。
そして、こんな使い回しをし無くてはならない子供たちが気の毒でなりません



同調させる同情は人は、相手を、そして自分を苦しめる・・

そう思いませんか?

きんたろう




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映像と音とフラッシュバックの恐怖 

昔書いたものをリメイクしてみました。

私達は 日ごろの生活の中に 


いろんな瞬間の 映像や音に対しての


フラッシュバックによって 




良いイメージや悪いイメージを 瞬時に選択しています。






無意識の中の意識です 




良いイメージであれば その事は その人をリラックスさせます


悪いイメージであれば その事は その人に 苦痛を与えるでしょう




ガラスをドライバ―などで キー キー 鳴らすと 




「やめて- !」と言いたくなります




日常の当たり前の生活を送りながら 


「やめて!」と言いたくなる衝動に 駆られたことはありませんか?




例えば 自分が悪い事をした時 


母親が 自分のことを 汚いものでも見るような目で見たとか・・・・




食器が割れたりすると 耳を伏せたくなるぐらい 頭が痛くなる・・・




偉そうなな顔をした人が嫌い!! 




優しい声で「あなたのこと 救ってあげる」と言われただけで


ムシズが走り その人に罵声を吐きたくなる 暴言を言いたくなる・・・・




ほのぼのとしたドラマを見ると 寒気がしてくる イライラして電源を切ってしまう




「かわいそうにねぇ~」などと言われた瞬間 かわいそうじゃない!!と思ったり




これらは 現時点で持った感情ではなく 


その人の過去に 苦痛を与えた原因があるのではないでしょうか?




それらを 思い出せない事に原因があることに目を向け なぜ 思い出せないのか?


という事を考えてみる必要があると思います。




私達は 日々何らかの 外的ものに刺激を受け 


それと共に その外的刺激をクリアしようと考えたり試したり観察したりし 


それによって学習を繰り返して現在の自分というものがあるのではないでしょうか? 




これらを意識して振り返ってみると 


好きなもの 嫌いなもの は意外とハッキリしているのです。




先ほどのことに話を戻しますが この苦痛を与える感情と恐怖を 何故思い出せないのか


簡単にゆえば 思い出せないのではなく 思い出したくないのです




思い出そうとすれば 落ち込む 体に症状が出る 感情が無くなる・・・・ 


攻撃的になるか自虐的になるという行程をたどります 


最後は二つに分かれますが どちらも自分を制御する行動です




ほっとけば必ずこの行程をたどり 自分を追い込み心はますます苦しい状況になってゆきます。




どの行程の中にも 常に自分を食い止めようとする理性の自分があり


またその理性を働かせると その理性が本当の自分を 苦しめて行く可能性が高いのです。






本当に自分(悪魔のような心)を出そうとすると 一方の自分(良心)が制御します


その本当の自分のトラウマが大きければ大きいほど 制御するパワーも 沢山必要になります




同じ自分の中で 二つのパワーを 使い分け 葛藤しているわけですから


大変疲れるのです そして 大量に消費したパワーを回復しなければならないのです






しかし 日常生活の中で 消費したパワーを 充電することが出来なくなって行くため


病気になったり 引きこもったり 精神的病に伏せる事になります。




そして、これが、自虐的パターンなのではないかと考えています。






一方 攻撃的に成る人は そのパワーを 


他者に対する攻撃により 得る事が出来るため




その力は 一向に落ちる事は無く その行動はどんどんエスカレート


もっと巨大なエネルギーを必要とし その攻撃性は究極の形まで進み


社会的制御を求める事になります (いわゆる犯罪です)




家庭内暴力やDVなどは、このようなメカニズムで起こっているのではないかと考えています。




暴力


 ↓


自己嫌悪=エネルギー消費


 ↓


エネルギー補充の為に自分にとっての裏切り行為を作り出す


 ↓


怒り(エネルギー補充)


 ↓


爆発(暴力)


 ↓


相手が不信感や恐怖感を抱く


 ↓


相手が離れてゆくような不安を抱く


 ↓


より強い拘束力が必要になる


 ↓


繰り返しながらエスカレート




ここでもっとも大切なのは、エネルギー補充のため自分にとっての裏切り行為を作り出す




という項目です。裏切り行為という言葉は理解しやすいかと思います。






簡単に言えば、DVの彼氏が彼女と歩いている時、彼女が他の男性に視線をやってしまったとします。


これに気づいたDVの彼氏は、自分への裏切り行為だと見なし、怒りを蓄積させてゆき暴力を振るう。


たった一瞬、他の男性へ目が行ってしまった彼女に気づき それを裏切り行為と決め付ける。




そして、重要なのは、たった一瞬 男性に目が行った彼女の視線になぜ気づけるのかという事です。


暴力によって、彼女が抱いた恐怖感や不信感によって 自分から離れていこうとする彼女を


離れさせないように、より強い拘束力が必要になり 


彼女の動向をより過敏に監視し続けなければならないのです。




そして、より過敏に監視する事で、裏切り行為を作り上げ(でっち上げたり・思い込んだり)


暴力を振るうエネルギーを充填させ暴走する事で愛情を失う恐怖を振り払っているだけなのです。




自虐であろうと、他虐であろうと


その一瞬の雰囲気を読み取り、一瞬で過去へとさかのぼる


そして、一瞬にして 恐怖を味わうからこそ出来る業(わざ)なのかもしれません。










そして、これが フラッシュバックの恐怖なのです。




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ご褒美と相殺と記憶の操作 【モンスターペアレント】

アダルトチルドレン ご褒美と相殺と記憶の操作【普通の人たち】の続きとなります。




この普通の方々のご褒美を時代をさかのぼって考える必要があるからです。


そして、この中に、なぜ現代、心の問題が増え続けているのか?


理由が隠されているのかもしれません。




時代とともに変化してきたご褒美の傾向とはいったい何なのでしょう?


皆さんはお分かりになりますか?




読まれている方々の、それぞれの おじいちゃんおばあちゃん お父さんお母さんと


照らし合わせて各世代を考えると見えてくるかもしれませんが・・・




人に気をかけ 見合わないと判断するスピードや


相殺したいという要求や欲求が高まっているいることにお気づきでしょうか?




例えば、今流行のモンスターペアレント


子供に一生懸命 気をかけ過ぎるあまり、それに見合うものが帰って来るのを待てず


そのことを相殺しようと急ぎ ※記憶の操作によって、子供以外の他者に転化するというものです。


そして、理論武装という無敵の鎧が言動をエスカレートさせ手の付けられない状態を作り出します。




※私が一生懸命しているのに子供が上手くいかないのは誰かのせいではないのかと思い込む






モンスターペアレントという極端な例で書いて見ましたが。


私たちも、ここまで極端ではありませんが、見合わないと判断するスピードや相殺したいという


要求や欲求が高まっている時代の流れの途中にあることだけは間違いありません。






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アダルトチルドレン ご褒美と相殺と記憶の操作【普通の人たち】

先日、記事 オーソドックスなご褒美と相殺と記憶の操作を書きましたが



いきなり人格否定や過干渉を受けてきた子供たちのことを考えるには難しいので


まずは、普通の人たちのご褒美について考えてゆきたいと思います。




普通の人たちのご褒美とは何でしょう?


簡単に考えれれば、見返りという言葉かぴったり来るので、この表現を使うことにします。




人から気にかけてもらったり、人を気にかけたりすることで、自らの心に満足感をもたらそうとします。


しかし、そのバランスが崩れると相殺という形をとろうとし、バランスが見合わないと


要求や欲求とい心理が発生するのではないかと考えています。




つまり、人に気をかけても相手からそれに見合わないものしか帰ってこなければ


相殺したいという要求や欲求が沸き起こってくるということです。


そして、見返りをきっちりとした形にしなければ気が治まらなくのです。




どちらにしても、満足感を得る為にしている言動こそご褒美の核となるものだと考えてください。


そして、それが偽りのご褒美であるのか 本物のご褒美であるのかを判断できるかが


家族の問題や自分自身の心の問題を解決する為には重要なことだと考えいます。




ここで、頭の中を切り替えることにします。




次回は、少し時代をさかのぼってこのことを考えてみたいと思います。





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御褒美と相殺と記憶の操作【心の壁を乗り越えるために】

これは、出版した本の続きになります。
間に合わなくて、一緒に載せる事が出来ませんでした。
たぶん、これが、心壊れる工程の最後の部分になるかと思います。



前回、アダルトチルドレン最大の壁【記憶の操作と相殺】の中で

御褒美と問題と自虐・他虐を繰り返すという事を書きました。






簡単に説明すると


人から気にかけてもらい(御褒美)親密になる工程の中で不快なキーワード

必ずといってよいほど発生します。






それらの中で、自分の心の痛みのキーワードや領域への侵入、


これらを拒むために 自分を守るために 自分の心の中に不快を作り(問題・決まりごと)

自分自身から目を背けさせるために、自分を責めたり、人を責めたりし




その偽りの自分が余計に心に空洞を作り、満たない心を埋めるため

同じ事を繰り返し自分自身の傷を深めていく事が

御褒美と問題と自虐・他虐を繰り返すという事の意味になります。






このように詳しく言葉にすれば理解しやすいかと思いますが、

言葉をバラバラにして考えてみると、不思議な疑問がわいてきます。

問題・自虐・他虐はなんとなく分るかもしれません。






では、御褒美とは何でしょう?この事をもう少し深く考える必要があります。

そして、この御褒美という言葉の中に 心痛める人の最大の壁を

乗り越えにくくしているヒント
が隠されているのです。






さて、御褒美とは何なのかを考えてみたいと思います。




まず、子供の頃の御褒美というところからさかのぼって行きます。


子供が外で遊びたいと言った時、親である私達がめんどくさい場合

アイスをあげるからとか、アニメを見ようなど、外で遊ぶ代わりに与え

※誤魔化すことを、まず、御褒美の基本的なこととして考えてみます。




※偽りのご褒美






これらを繰り返し、エスカレート(金額・溺愛)する事になれば

三田佳子の子供と同じような事になるでしょう。




そして、最終的に物や虚栄の褒め言葉などに

満たせない心を持ちきれなくなり(自立心の無さ)

薬物などに手をだしながら心配を掛ける事により、

御褒美(親の切々とした想い)が得られ反省し沈静し繰り返というものです。






そして、三田佳子の子供が求めているものは、手を掛けて貰え無かった

過去の真の愛情(自立出来る愛情なのかもしれません。




これら母性の暴走というものを以前は世間というものが制御してきたのですが

残念ながら、三田さんの周りには、そういう制御してくれる環境無かったか、

あったとしても、聞き入れられなかったという可能性のほうが、

この場合、つじつまが合ってくるかもしれません。


子供の周りに、他者を受け入ようとしない、母親の偏った愛情を感じるからです。




もちろん偏った愛情を黙認してきた父親がバランスをとろうとしなかった事にも

重要なウェイトがあると感じています。




とりあえず、理解しやすい御褒美と問題と自虐・他虐を繰り返す仕組みと

愛情バランスについて、ここまでは考えてもらいました。

次に、冒頭でも書きました。少し複雑な御褒美と問題と自虐・他虐について

考えてみたいと思います。




先ほどの例とは、まったく逆で、人格否定過干渉を受けてきた子供達

御褒美とは何なのかを言う事を考えてゆきます。




続きをアップしようかどうか、迷っています・・・
ご意見などがあれば遠慮なくコメント欄にお願いします。





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テーマ : AC(アダルトチルドレン)
ジャンル : 心と身体

アダルトチルドレン 究極の選択

人は どんなに心が病もうとも

どんなに それが辛く苦しくとも

心 読まれることを拒み 認めることが出来ないのが

人として当然在るべき姿だろうと思います。


そのことが分かっていながら 茨の道を歩き

人は究極の選択(心読まれることを拒む)をしていることだけは

確かなことなのかもしれません

そして その間違い(選択する場所の違い)に自ら気付き 心を楽にしてやることこそ

アダルトチルドレン究極の選択なのです。


誰も、他人から心読まれることは望んではいないはずです。

しかし、回復の為には、心を読み取ってくれる人が必要ではないかと思うのです。


そのために、カウンセラーの方がいる。。

助言をしてくれる人が居る。。。

しかし、年々、話を聞くことや助言をすることは複雑になっているのではないかと思うのです。

これまで得てきた、経験や知識は

例え、心を読まれたとしても失うことなく これまで以上に自分を助けてくれることだろうと思います。

だからこそ、どちらを選択しても辛く苦しくなる ”究極の選択”を

足元に置いてみてはいかがでしょうか?






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テーマ : AC(アダルトチルドレン)
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光市・母子殺害事件 本村洋とアダルトチルドレン回復の工程

先日 22日 九年にも及ぶ裁判に一区切りがついた。
結果については、それぞれの考え方があるだろう
ただ、私は、本村さんが記者会見で
裁判に納得したという言葉が印象的であった。

事件が起こった九年前、当時、本村さんがマスコミの前に姿を現したころから
妙にこの方の言動に心惹かれるものがあり
それ以来、本村さんの言動を注意深く聞き考察してきました。

そして、この九年にもわたる本村さんの心の流れの
ひと場面、ひと場面に
非常に納得してきました。

感情をあらわにして嘆く場面・・・
憎しみをあらわにして怒りを表す場面・・・
自らの憎しみに葛藤する場面・・・
あらゆる葛藤を納得させるために理論を構築しようとする場面・・・
理論を構築しても消えない空しさと対峙する場面・・・
自らの理論によって縛り付けられる感情の場面・・・
結論を得ても、残る葛藤の場面・・・・



当時、自らの手で加害者を殺すとまで言い放った人間の心の流れは
その時、その時・・・・・・・・
必要だった。。
少なくとも、私はそう思ってきました。

裁判に納得しました。

本村さんが放ったこの言葉は
これまでの数々の場面と 一つ一つ向き合ってきたからこそ
言葉になったのだと・・・そう、、感じました。


アダルトチルドレンの心の回復の工程
本村さんの心の流れと、形は違えど似ているのではないか?
他者から大切な心を奪われうということはこういうことではないのか?
そう感じてきました。

どんなに心を閉塞され 自虐的な工程を辿る人であろうと 
心暴走させる工程を辿る人であろうと
感情開放のの場面を経て この道を進むのではないかと考えています。

怒りをもって 怒りおさめ
憎しみをもって 憎しみをおさめ
嘆きをもって 嘆きをおさめる。。。


行き着いた先にこそ本当の感情が表れるのではないかと思います。

ひとつひとつを満足するまで認めてきたからこそ
大きな区切りを着けることが出来たのではないかと
そう思うのです。

心痛める人たち、その全ての人が表現している感情を
満足するまで出し尽くすこと

その場面、場面に
区切りを着け ひとつひとつ許せる自分にまず気づくこと・・・


みっともない自分でも良いのではないでしょうか?
かっこ悪い表現でも良いのではないでしょうか?



そこに本物の感情があるならば・・
自分の心にも届き、、相手の心にも届くのではないかと。。
私には思えるのです。


本村さんは、完璧な理論を手に入れることが出来ました。
しかし、完璧な理論が満ち足りた自分を取り戻してくれるのかと言えば・・
そうではないような気がしています。

そして、本村さんも、そのことに気づいておられるように感じています。
苦悩してきたからこそ見える世界・・・


理論は所詮、自分を納得させ心逃す(解き放つ)理屈・・・
そんな風に考えています。


今後も、本村さんのことを見守り続け・・・
失ったものをどう取り戻してゆくのか?
どのような形になろうとも目に焼き付けていくつもりです。

理論に囚われ、身を縛り付けるのか?
理論の末に、身を解き放つのか?


これが、心奪われたものの宿命なのかもしれません。
そして、アダルトチルドレン回復の分岐点に似ているような気がしてならないのです。

PS:来週あたりにやっとHDDの復旧に入れる予定です。
   もう少し、待っていてください<(_ _)>






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テーマ : 壊れた心を取り戻す
ジャンル : 心と身体

御褒美と相殺と記憶の操作の図

前回、御褒美と問題と自虐他虐という事を書きましたが。
この意味について次回書いてみたいと思います。
特に、御褒美という言葉はどういう意味があるのか考えています。

しばらく、更新できませんので、表図を作ってみました。
私の頭の中では、こんな図だけが空想の中で出来てしまいました。
皆さん、どういうことなのか予想をして見ませんか?
これは、私の勝手な考えなので正解などありません(^^;;
気が向いたら、コメント残してみてください。
私も今考え中です・・・





しばらくは、返事もメールも出来ませんので
よろしくお願いします。




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アダルトチルドレン最大の壁【記憶の操作と相殺】

※この記事はAC上級者向けの記事です。
 気分が悪くなったらフェードアウトしてください



一方は、納得することを拒み・・・一方は、自分を見ることを拒む・・・
これが、心を痛める方の心の法律(絶対認める事が出来ない気持ち)です。

まったく相反した二つの気持ち、相殺しあうことでバランスを取り合い
足を引っ張り合う、互いにどちらも絶対に認めることが出来ず
反発しあうことによって一人の人間の二つの心を相殺しあっている

という事を、記憶の操作による心の相殺で書きましたが。

アダルトチルドレンの場合、親に対しての過去の納得していない状態が
あまりにも多すぎたため、大人になり実生活の中で不快なキーワードを見聞きした時
一度に噴出しパニックになってしまうような状態
だと考えています。
そして、現在の生活で不快を受けたとき、過去の納得していない事を
その不快を発端に心の中で いくつもの過去の納得できない事を訴え続けている・・
心の中で唱え続けている状態
だと考えてみてください。
だからこそ、たった一つの不快をも納得させる事が出来ない。聞きたくない、
これ以上私を否定しないで・・・という風に耳を覆いつくしたくなります。


よくアダルトチルドレンのサイトなどコメントのやり取りなどである
頭では分かっている。でも、これ以上聞きたくない・・
これらの言葉は、ここから来ているのだろうと考えています。
どんなに回りくどく相手を諭そうとしても、当人がこの事を理解し
一つ一つ噛み砕いてゆかなければ難しい事
なのです。

実際は、たった一つの不快なキーワードなのですが、
そのたった一つのキーワードが 大津波のように
襲い掛かってくる様に見えるのだと想定
しています。
過去、納得していない否定の大津波が押し寄せてくるのですから怖くてたまりません
私たちから見れば 小波にしか見えないものも
当人には大津波に見えるのですから 
その人にしてみれば大津波は、「絶対」大津波なのです。
これがアダルトチルドレン心の法律、絶対に認めてはならないものなのです。

では、私たちの生活の中でのこの仕組みはどんなものか一度考えて見ます。

1+1=2という、この極当たり前のこと 
この間違えの無いことを他人から違うと言われたとしても
到底認めることは出来ません。絶対認めることは出来ないでしょう。

1+1=2は 自分も他人も共通する肯定された認識ですが 
もしこの絶対的ルールを記憶の操作が引き起こしているとすれば
1+1=1とか 1+1=3とか 記憶の操作によって
認識が人と違うものになる可能性もあるはずです。
数字と言う明確なものでは、起こりにくいことですが、
心という流動的な感覚では起こってもおかしく無いと考えています。

もし、心が1+1=1認識を植えつけられているとすれば
1+1=2ということを人から言われても絶対に認めることは出来ないでしょう。

そして、絶対認めることはできないと言う強烈な意識を作り出す事こそ
記憶の操作がなしえるものであり、他人からの温かい言葉さえ拒絶してしまい
回復の大きな妨げになる壁となるのではないかと考えています。


絶対に違う(私はもう悪くない!)という精神状態のとき、人は中々冷静に自分の感情を捉えることができないのです。
つまり、問題(揉め事)の正悪を冷静に判断できない状態です。
判断できない状態で聞こえる相手の言葉は被害者意識を
大きくしてしまう
のではないかと考えています。

その状態のとき、相手から聞こえてくるのは 責めてもいないのに
自分を責めるような言葉にしか聞こえなくなってしまうような感じだと
考えてもらえばいいのではないかと思います。

だからこそ、泣きたいぐらいな気持ちになって 
相手に何の反論もできなくなる 説明できなくなる、攻撃的になる
反論も説明もできないから辛くなる 気持ちを閉じ込める 

そして、最終的には納得できない気持ちだけが残る・・・・
その気持ちをもてあまして、記憶の操作が起こる(被害者意識)という
悪循環
になると考えてもらえばいいと思います。

納得できない心に区切りがつかないので、
先ほど書いた 相殺をしなければならなくなる(ご褒美・問題・自虐・他虐)
結局、納得できないままなので、このご褒美や問題は 
心を満足させるのには長く続かない、満腹にはならないようなものです。

満腹にならないから、またすぐに食べなければならない(ご褒美・問題・自虐・他虐) 
という具合になります。(嗜癖・addiction)
そして、記憶の操作による相殺を繰り返してきた事で、消化されてない
過去の納得できなかった気持ちが 一つの不快キーワードにより
一度に大津波のように心の中から溢れ出し押し寄せてくるのです。

他者には、まったく見えない心の中で、過去の暴力や叱責が嵐のように舞
その事に納得できなかった心が叫び続け耳を塞ぐ

外界を遮断し続けるかのように・・・・


一方では納得してない心があふれ出し、一方では相殺し続けた自分への嫌悪が 
自分の本当の心から目を背けさせている。

それを埋めるために偽りの暖かさを求める(納得しようと努力する・愛情確認)
相手の暖かさが近づきすぎると締め出し拒絶する
(納得することを恐れ被害者意識で自分から目を背ける)

そして、記憶の操作を起こし相殺する。(相手が土足で踏み込んできた)
記憶を捻じ曲げ相殺し続ければ続けるほど、寂しさと空しさに覆い尽くされ
より大きな、御褒美・問題・自虐・他虐が必要になる。これを繰り返す事が
アダルトチルドレン記憶の操作による相殺の仕組みです。

これから先を追記したいと思っておりましたが
このタイミングでアップする事にしました。

この意味を判るには本を読まれることをお勧めします。




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記憶の操作による心の相殺【一人の人間の二つの気持ちが殺しあう】

アダルトチルドレン・共依存・イジメ問題・不登校など心に痛みを持つ方必見です。

同じ人間の中に、二つの気持ちが生まれ 互いが互いを打ち消しあう
一方は、納得することを拒み・・・
一方は、自分を見つめるを拒む・・・
この二つの気持ちを打ち消すため相殺する何かが必要なのです。

その何かとはいったいどんなことでしょう?

たった一人の心の中で二つの拒み続ける心が相殺し合う
これが、心痛める人の記憶の操作の難しいところなのです。

皆さんは、昔、親から与えられた洋服とか弁当箱とかで 
人に見られるのが恥ずかしくて着ていきたくなかったり
持って行きたくなかったりしたことはありませんか? 

そして、それを強要されて学校に行かされたりした記憶は
誰にでも一度はあるはずです。
その時、気乗りしない自分に あの手この手で親に抵抗しませんでしたか?(納得がいかない)
気に入らない洋服なので後でそっと着替えたり 弁当箱を隠しながら食べたり
納得していない状態でそれらの事を強要された場合
起こる心の流れの中に記憶の操作が起こりやすいのです。

そして、その時感じた嫌な気持ちは親によって
なかったものとされてしまった場合
いかがでしょうか?(相殺)
自分で納得できていないことを、親の意図や誘導・操作によって無かったかのように
処理されてしまえばいったいどのようになって行くのでしょうか。


※相殺の場合は、自分でしっかり考えて納得したものではなく 
  外から来たご褒美や他の問題で穴埋めするようなもの



私たちは、小さな頃からこの事を繰り返しながら 
どんな環境に育とうともこのような事を学習し大人になった自分が今あるのです。
そして、その家庭のバランスを自分自身の過去を辿って
考え直すと意外なものが見えてきます。

バランスの良い家庭に育てば(納得を考える時間をしっかり持てる家庭) 
目の前に現れた問題 不快感や対人関係などに対し
自分を納得させる時間を持ち その事に対して判断を下し 
どんな形にせよ区切りを着けて前に進む事が出来ます。


バランスの悪い家庭に育てば(納得を考える時間が持てなかった家庭・強要する家庭) 
納得しないまま生活を勧めてゆくため、判断も下す事が出来ないまま 
区切りも着けられないまま、前に進まなければならなくなります。


しかし、心が納得していないので何かで相殺しなければならなくなります。
この相殺の時に起こるのが記憶の操作です。

例えば、納得できないまま母親から「この洋服着ていきなさい!!」と強要され 
物凄く嫌なのに着ていかなければなかったとします。
母親は物凄く怖くて反論なんて絶対出来ません

この世の終わりのような顔をして学校に行きました。
そこで友達の一言「その服変ね・・・」
本人は大きなショックを受けます。

しかし、家に帰っても物凄い母親には反論の一言すら 
このような事があったことさえ口に出す事は出来なければ
怒りを向ける対象を別のものに摩り替えなければならなくなる事でしょう。
もちろん、この間、洋服の事だけに留まらず、他の注意や指摘を強要されているはずです。

この状態に至るまで納得できない事は処理(考える暇もなく)自分の心に持ち続けなければならなくなります。
この持ちきれなくなった心を何かで相殺しなければなりません。

※納得できないことが次から次に増えても訴える場所もなくいずれ抱え込む
 ことさえ出来ない状態になります。


実は、この事で友達を憎むことも可能になるんです。
もし、一度上に書いた事を学習すれば、このような行動を取る可能性もあると考えています。

「その服変ね・・・」この一言に対し、

→即座に泣き出す
→泣き出す事により回りは注目
→回りは泣いている人が被害者である事を推測
→泣かせた相手を特定
→周りの気まずいムードが漂う
→泣かせた相手は物凄く悪者になる
→泣いている本人同情をかう
→悲劇のヒロイン誕生(被害者) 

と言う事になります。
当然、この事は、当人の中では無意識で行われているのです。

続きは本へ・・・・・・・




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テーマ : いじめ
ジャンル : 学校・教育

一期一会【アクセス解析】

はじめは、どんな人が、どの位の時間
自分のブログを読んで貰っているのか知るためにつけたアクセス解析でした。
見られる実感を持つことによって、この地味なブログを続けてゆく意義や甲斐を
実感するアイテムだったように思います。

いつの頃からか、その解析を見るうちに不思議な感覚を覚えることになりました。
この感覚は極まれに起こることであり、その感覚が伝わってくる相手に対して
特別なものを感じるようになったのです。

ブログというものは本当に不思議なものです。
一度も会話をしていないというのに、ブログ同士で無言の会話が出来る・・
そして、その会話に花を添えてくれるのがアクセス解析です。

アクセス解析を見ていると、その人が、話しかけてくれるような気がします。
そして、その無言の会話が出来る人が、また一人いなくなってしまう。

私は、その人のことを忘れないだろうと思う。

そして、見えない世界での一期一会はこれからも続くだろう・・・




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ジャンル : 心と身体

記憶の操作【納得と相殺】

私たちは、子供の頃から、沢山の問題に日々直面し、
少なからずも、沢山の問題を納得しながら成長してきた事だろうと思います。
納得できなかった事は、私たちの、記憶の中にいつまでも残り
今でも、すぐに思い出せるのは言うまでもありません。

しかし、納得できた事の方が多いのが事実でもあります。
そして、納得できた事は自分達の意識の中には残りにくいと言う事
先日、回復を妨げているもの【記憶の操作】普通の人たち で書きました。

人々は、納得した事は記憶に残らない・・・これはとても重要な事
これ以外の事は、人間の心の中で、どう処理されているのか考えた人は
中々いないことだろうと思います。
まずは、この事について書いて行こうと思います。

人間関係の中で、どうしても納得できない事は強く記憶の中に残ります
納得できない気持ちを、持っておく事が出来ず、憤慨した気持ちを何度も
言葉に出さなければ収まらないからです。

前回、【記憶の操作普通の人たち】で化粧品が買えない妻の話をしましたが・・
化粧品を変えないことに納得できず、旦那さんの経済的理由を訴えれば
余計に自分が惨めになるということが、実は無意識に分かっているのです。

この板ばさみの中で生まれてくるのが記憶の操作であり
記憶の操作からうまれてくるのが、納得できないことを相殺するというやり方です。

納得することも出来ない 自分の嫌な感情からも目を背けたい
心が納得できていないから、違う形で、相手を思い知らせたい
いつまでも納得できない気持ちを処理できないために相殺が起こるのです。


いつまでも納得できない心・・辛い気持ちを説明したい・・けど出来ない
その気持ちと相反して・・・・
自分の嫌な気持ちから目を逸らしたい・・・思い知らせたい・・

この二つの気持ちを互いに打ち消し合う為 永遠に納得できない気持ちを
作り出す
ことになります。
これが記憶の操作による心の相殺なのです。

私たちは、憤慨した気持ちを持った時、大人であれ子供であれ
一つ一つ心納得させる時間を持ち憤慨した気持ちに決着をつけなければ
いつまでも、同じ場所でもがき苦しまなければならないのではないでしょうか?


次回は、記憶の操作による心の相殺 ということを深く書いてみたいと思います。




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テーマ : 壊れた心を取り戻す
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回復を妨げているもの【記憶の操作】普通の人たち

自分が正等であるにもかかわらず、どんなに怒りを訴えても消える事の無い感情・・
何も悪くないのに、自分を責め続け心を奥深く自分を沈める・・・
否の無い自身を、ここまで追い込む仕組みがあるとするなら
自らの記憶を、自らの手で捻じ曲げたとしか考えられない。
そして、これが回復の前に立ちはだかる壁。。記憶の操作なのです。
まず、普通の方々の記憶の操作についてわかりやすく書いて見たいと思います。


発泡酒が世の中に出回り始めた頃、発泡酒をバカにしていた。
世の中が急激に深刻な不景気になり、我が家の家計にも直撃し
普通のビールに手が届かなくなろうとしていた。

あの頃、発泡酒を買う事が恥ずかしく非常に抵抗があったのは私だけではないだろう自分の経済力を恥 発泡酒に切り替えなければならない恥ずかしさに
コソコソ酒屋から出てきた時期もあった。今では当たり前のように買ってますが・・
発売当初は、味もまずかった事が余計に引け目感じさせた記憶があります。

バカにしていた発泡酒を買わなければならない屈辱を紛らわす為
飲むたびに「美味しいよね♪」「ビールと変わりないじゃん♪」と唱え続けた
そのうち、舌は発泡酒に慣れ本当に美味しいと思い込むようになった。
この間、ビールメーカーの努力で飛躍的に味は美味しくなり
心から「美味しいよね♪」と言えるようになりました。

真実となった瞬間です。

社会全体が、発泡酒に移行したり、第三のビールが出たことで安心し
当初感じていた、屈辱感は何事も無かったかのように消えていました。
いつの間にか消えていた屈辱感の記憶を 人は中々認識出来ないのです。まったく無かった事のようにして現在を生きているのですが・・・
確かに、あった心の中の事実なのです。

今回の場合、真実(心が納得できた)になりましたが・・・
この事が真実(心が納得)にならなかった場合、真実にする為に心で唱え続け
無理やり心を納得させようとする行為こそ記憶の操作の基本となる部分になります。

上記の事は、お酒を飲まない人には全く理解できないことだろうと思いますので
違う例で考えて見ましょう。

例えば、結婚をしたとします。これまで自由奔放に自分の為にお金を使い
自由な時間を過ごしてきました。今まで、使っていたブランド物の化粧品を
結婚後、収入の関係上 購入する事が出来なくなってしまいました。まだ、子供も居ないのに化粧品のランクを落とさなければならなくなりました。
さて、どのような心の流れを辿る事でしょう。

まず、情けない気持ちになり 悲しくなる、段々、買えない事に憤慨してゆき
経済力のない伴侶を選んだ自分に後悔し怒りの矛先を伴侶に向けることでしょう。
これだけの心のプロセスを踏まえながらも金銭的にどうしても買えません。化粧品のランクを落とさなければならない屈辱感を納得させる為
心の中で色々、自分を納得させる理由を作り出し何度も唱え続ける事でしょう。
肌に合わなくなった。安い物でも化粧の見栄えは変わらない。etc。。

そして、心に言い聞かせ思い込み仮想の納得した状態を作る事こそ記憶の操作です。

この時、偽りの納得した状態で終わっている為、心の中にいつまでも残り続けます。この事が、記憶の操作をエスカレート(決まり事の増幅)させる始まりとなります。
屈辱感を納得させないまま終わらせる事で、屈辱感は恨みの感情に変化します。

そして、今後、伴侶が何気なく発する言葉も恨みの感情が記憶を操作させるのです。
納得できなかった屈辱感を訴える理由を相手から探し出す為に心を操作する。
どんなに相手が悪くなくても 必ず相手が悪いのだという理由を作り結果を出し自分が正当性である事を記憶にインプットしながら上書きを繰り返し
最初に受けた屈辱感を無意識のまま訴え続け膨らませてゆくというものです。

この、必ず相手が悪いのだと言う理由を作り出す、作り出さなければならない
という心の中の状況こそ 心の法律、決まり事を作ると言う基本的な事になります。

相手を叱責する為に、話を振り会話をし話の方向を組み立てあるのです。
結局、相手には何の事か分からず、困惑しまいピンとハズレ答えを出します。
その答えを待っていたかのように 怒りすれ違い、記憶の操作がエスカレートし続け
最終的には、相手を嫌いになる所を探し自分に思い込ませる事により
他に恋人を作る 離婚をする理由を作る 罪悪感相殺する操作が行われます。

現在の夫婦間の問題、離婚率の高さは大半この事により起こっているのかもしれません。
記憶の操作は、心痛めていらっしゃらない方でも普通に起こっており
永遠とエスカレートしながら繰り返し 相手を徹底的に打ちのめす事で相殺されます。

続きは本へ・・・・・・・




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アダルトチルドレン心の呪縛【心の法律を壊す】

深い心の奥底に 真の記憶を沈みこめ 都合の悪い時に顔を出す・・・
まるで自分が幸せになる事を許さないかのように心を縛り付ける。
どんなにあがいても、絡み付いて離れない縺れた糸のように・・
この幻に翻弄され 心壊れていくというのなら・・・
幻を はっきりとした形にしなければならない・・幻とわかるように・・


前回、呪縛【心の法律を壊す】で書きました。
誰にでも経験ある、事柄を通して 心の決まり事を作るプロセスを書きました。
読んでいない方は 一度 【怒りとは】呪縛【心の法律を壊す】を読んでください。


心の決まり事を作るというのは、
自分にしか分からない不快感情を訴え強いるという事を
絶対的ルールとして心の中に持ち続け
 
自分の受けた不快感情と同等の思いをさせたいという欲求が
物事を突き詰め 突き詰めた自分の姿に自己嫌悪し 
自分を傷つけ繰り返す事で 突き詰める事に執着し 
自分自身の逃げ場を無くす状態を作る事なのではないかと思います。



だとすれば心の呪縛とは 

相手にしか分からない不快感情を瞬発的・慢性的に訴えられ強いられ
それを絶対的ルールとして心の中に刻み込まれ
相手の受けた同等の不快感情を突き詰められ 思い知らされるまで繰り返され
逃れられない環境の中で植えつけられた恐怖心が強迫観念に変わり
体と心が他者の言動に過敏に反応してしまう状態が
新しい決まり事を作り増やし究極の状況まで追い込み
逃げ場のない闇の世界を創造する事ではないだろうか?


話は変わりますが 新潟の少女監禁事件について 
ふと思い浮かんだので検索して見ると 恐ろしい、
犬の実験で 新潟の少女が何故逃げなかったのかという事を書いてあった。

犬を縛りつけ 電流を流し続けるというもの・・・
その犬を 策を飛び越えれば電流が流れないスペースのある部屋に移しても
その犬は 全く逃げようとしないとせず
うなだれた状態で後ろから押しても無反応だという
努力しても全く報われない絶望状態学習性絶望感または学習性無力感と呼ぶそうです。


一方、同じ条件でも ボタンを押せば一定時間電流を止める装置がついた部屋の犬は
学習性絶望感には陥らなかったそうです。

恐ろしい実験を人間は考えるものです。。しかし、その実験のおかげで
誰かが、助かっているという事実もあるという事も頭においておかなければなりません

もし私たちがこの部屋に入ったとしたなら 一定条件電流を止めてくれるボタンの前から
離れる事が出来なくなる
のではないかと思います。
そのうちには、一定時間の感覚を計り その時間だけくつろいだり出来る様になるかも
知れません。長い時間入っていれば 例え電源を切られ電流を流されなくしてあっても
いつ襲ってくるかわらない電流に恐怖しボタンを押さずにはおられない事だと思います。


縛り付けられた状態を家庭環境 一定条件電流を止めてくれるボタンを押す事
親からのショックを和らげる行動だとしたらどうなる事でしょう?
身動きの取れない家庭環境に育ち 親からのショックを和らげる為の
行動をし続けなければならない。。。何年も 何十年も・・・・・
何百パターンの何万パターンの ショックを親から受け 
その都度、ボタンを瞬間的に探し ボタンを押さなければショックを受ける。
その何百パターン、何万パターンのショックは 長年受ける事により
断片的で曖昧な、根の深い記憶として残り、そのシーンの(雰囲気)を感じるたび
リアクション(ボタン)として、言動を起こしてしまう。

続きは本へ、、、、




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呪縛[【子供の心に絡みつく親たち】

以前書いた 意図する心 の続きとなります

この恐ろしい、呪縛という言葉・・・・
普通のの方が聞いたら、ホラーとかサスペンスとか まずイメージされることだろうと思います。
自分の意思に関係なく身動きの取れない 呪をかけられたような状態だと推測されます。


呪縛というインパクトある言葉で表現してみましたが・・・
これらは、日常生活の中でよく見られる光景だと 私は感じています。

例えは、絶対口に入れたくない食べ物があったとします。
目の前に、ド~ンと食べ物を置かれたら とりあえず、その食べ物から距離をおこうとします。
その食べ物の匂いが嫌いなら鼻をつまみます。

その時点で頭の中は嫌いなイメージでいっぱいになります
そして、それを食べなければならない状態に陥ったとしたら、
その食べ物を凝視したり、様子をうかがったり、臭いに過敏になったり
すごい警戒感を体中で感じることになるでしょう。


いざ、口に入れる段階にきた時、喉の奥から吐き気までもよおすことになるかもしれません。
もう、食べる段階にきたときは 食べれる状態でなくなってしまっているのではないかと思います。

すなわち、食べるんだ!という意思にもかかわらず、脳や体が受け付けない状態・・・
これこそ呪縛に近い精神状態ではないでしょうか?

この誰にでも、あるような体験をきっかけにして呪縛を表現してみたいと思います。
例えは、自分の子供がピーマンが苦手だとします。

何とか食べさせようと 親は必死にあの手この手の作戦を企てようとします。
細かく切ってみたり ハンバーグのようにして原形が分からないようにしたり・・

そして作戦の成功を祈り、ピーマンを食べる子供の様子を凝視します[〒]*--) ジィィィーーその雰囲気を 嗅ぎ取った子供は、不信や疑念を持ち警戒感を募らせます。

そして、上から下から舐め回すように その食べ物をみて 食べ物をバラバラにほぐしたりして
ピーマンが入ってないか、探し回りますよね。
それでも、ピーマンの形が確認されなければ 食べる準備をしはじめます。

そこでお母さんの登場です♪ 「d(^-^)ネ!、入ってないでしょう?♪」
その言葉で、子供は、また、疑心暗鬼になるのでしょうね。
子供は、バラバラにした 食べ物中から 疑わしいとても小さい粒を恐る恐る口の中に運び
嘗め回すようにして味を確かめます。

(◎_◎) ン?・・・・・..・ヾ(。><)シ ぎょぇぇぇ・・・ピーマンだぁ!!お母さんの嘘つき!!oU`X´Uノ"彡☆ ガルルルゥー!!」

せっかく手の込んだ秘策のピーマン料理を作ったお母さんも必死です。
初めは、ともかくとぼけます・・・(-"-;A ...アセアセ
「(@゜Д゜@;)あら・・・? 気のせいじゃない?(・-・*)ヌフフ♪」

おかしい・・・・・・・・・( ̄。 ̄ )ボソ...
子供は、なんとも納得のいかない説得を受けて また、一粒、、二粒食べます・・・
( ̄へ ̄|||) ウーム・・・この味は、、ピーマン。。。。。

これ、絶対ピーマン入ってる! ほら、、においがするもん・・とか何とか、子供は…( ̄。 ̄;)ブツブツ言いはじめることでしょう。。。

せっかく手間をかけて、ピーマンの味を判らないようにして作ったのに!!
お母さんは、作戦を見抜かれ暴露されてしまいました(゜◇゜)~ガーン
そのうえ、…( ̄。 ̄;)ブツブツと講釈をたれはじめやがって・・・・

しばらく、ピーマンが入っているとか入ないとか言う問答や証拠の確認が続くでしょうね。

子供も必死です。。なんせ大嫌いなピーマンを食べなければならないから・・・

ほら、ここ見てよ・・・・これこれ・・・ピーマン・・・
ε-(ーдー)ハァ入ってないってば・・←証拠を付き付けられ段々ヤケッパチな顔
母親:「がぶっと食べてご覧なさい(-゛-メ) ヒクヒク」←ついに精神状態はブルーランプ
子供:食べ物をコロコロとひっくり返したり 突いたり 沈黙・・・・
母親:「いい加減にしなさいよ!!!!!!」←ついに切れる
子供:「Σ('0'*)(・・*)(・・、)。・゜゜・(>O<)・゜゜・。」←大泣き
母親:「( `ロ´)≪ガミガミガミガミ(_ _。)・・・シュン」←報われなかった自分に怒る。
子供:ヾ(_ _。)ハンセイ…(┯_┯) ウルルルルル

母親:Σ(〃゜ o ゜〃) ハッ!!←だんだんかわいそうになる・・・
母親:(´ヘ`;) う~ん・・・もういいわ(´ー*`)キラーン
母親:(* T-)ヾ( ̄▽ ̄;) ヨシヨシごめんね・・・・言い過ぎたわ♪
母子:((*´∇`人´∇`*))) スリスリ♪ ←めでたしめでたし♪

この時、子供の脳には母親の嘘と不条理な叱りとピーマンが嫌いな記憶の上書きが行われます。
それと同時に、母親の意図(意図する心参照)の雰囲気を学習します。
この時のやり取りの繰り返しこそ呪縛の根本的な事柄であり
内容が一方的(親の支配であればあるほど、複雑に絡みつく
呪縛となることでしょう。

そして、回を増すごとにやり取りは複雑な駆け引きをするようになり

次に作戦を企てようとしたときは、より高度な計画が必要になることは言うまでもありません。
もし親が、ピーマンを食べさる事に執着を持ち同じことを繰り返すなら・・・より親子間の口論はヒートアップし、ピーマンに対する嫌悪は増し他の食べ物に対しても
広がる恐れさえあるのではないでしょうか?

そして、子供はピーマンや食べ物に対する警戒感の呪縛に囚われてゆくことでしょう。
まあ。。。食べ物の好き嫌い事ででここまで至る事は あまりないでしょうが・・・

私達が、こうあってほしいとかこれだけはして欲しくないという
こだわりのようなもの
執着)が強ければ強いほど 相手に対する依頼心は強まりこれは、立場の弱い子供に向けられやすい事は言うまでもありません。

そして、このようなことは、家庭内の密室の中では以外に日常的に起こっていることであり
たいていの方は気づかないで 何度もやっているはずです。

上ことを、自分の理想とする子供作戦と考えて 自分と照らし合わせてみると
以外に、当てはまることがあるのではないでしょうか??

自分がイライラして怒っている時のことを よく思い出してみましょう。
※私も思い当たることがたくさんあります( _o_)
子供への理想の執着は、口論と激情と安堵を繰り返し 
離れてゆこうとする子供の自立を妨げる

母子の親密な密着関係を作り上げることになってしまうということです(共依存)。
そして、その事が慢性化すると、子供の心に呪縛のように巻きついて
とても息苦しい対人関係
の中で生活してゆかなければならないのです。

上のピーマンのやり取りの中に 父親の存在を感じ取った人はいないことでしょう。
昔であれば、どの場面かにおいて ストップ(助けてくれる)をかける存在があっただろうし
家族の中で色々な制御がバランスをとっていたことでしょう。

姑の前ではあまり怒れなかったり、慰めてくれる兄弟がいたり 気分転換に遊んでくれたり・・
いつも、親がが良いタイミングで助言してくれたり慰めてくれたりできるはずはありません。
核家族とは、そういうリスクも大きいのだと思います。


何よりも悲しいことは、呪縛とともに成長した子供達は
親を恨んだり、人を憎んだり、社会を憎んだり 暴走して自分を卑下したり自虐することにより
なんとか息を繋いでいるということです。。。。。


憎悪や自虐に囚われれば囚われるほど、悲しいことに 自分を追い込んでゆくことになります・・

呪縛を植えつけられた自分と向き合い 他に責任を問わず
長い時間をかけてゆくしか回復への道はない
のではないかと感じています。

その呪縛の重さを 私は、、強く強く感じます・・・・・・・・・

私達、親は、、成長する子供に目を背けず 自分の不条理な言動を凝視し責任を感じ・・
子供の痛みを少しでも感じる
ことができるなら・・・
お互いに重い荷物をいくらかでも軽くすることができるのではないかと感じます。

呪縛を解き放つと言うことは
見えないものに目を凝らし、聞こえない音に耳を澄まし 本心に問いかける・・・
いつからでも遅くはありません。自分の一瞬を捉え気付く事で 
自分自身は変わってゆくのだと思います。
意図する心のが分かりにくかったので続編として書かせていただきました。




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逃げ場の無い叱り方

ある方のコメントがきっかけで 逃げ場のある叱り方とは何なのか?
私の考えを聞きたいということで コメントに返事を付ける為に
何日も考え続けた。意外な所に答えがでて自分でも改めて気づかされたので
記事として アップしてみることにした。
全く違う話からはいりますが ぜひ読んでくださいね。



祖父は、私が五歳の頃に亡くなり 祖母は 残された就学中の娘三人を
育てる為に リヤカーを引っ張り必死に働いていた。
祖母の家族と私たち家族を 食べさせていたのが私の父親である。
貧しくも大家族であったことを時々思い出す・・・・

祖母は、陽気でガサツな性格で 悪いことをした私を怒鳴り散らしよく叱った。
不思議なことに何度叱られても怒鳴られても 私は祖母の隣にいた。
何を叱られたのかなんて憶えてもいない ただ、私は 叱られている時の
祖母の中に不思議な暖かさを感じていた。
子供心に、祖母が死んだらどうしよう・・・そんな空想をしながら泣いたものだ。
何を失うのが怖くて 悲しんでいたのかも判らないまま 
いつも隣にいる祖母が当たり前の事ように思いながら大人になっていきました。

沢山の家族に可愛がられ育ってきたのだといまさらながら思います。
そんな中、一人だけ 何か違う感覚で 私のことを見ている人がいました。
それは、祖母の一番末娘 私にとってはオバになる人です。
私は、その頃 小学校の低学年で オバは中学生ぐらいだったかと思います。

貧しい二つの世帯は 一つの家族として暮らしていたという事も分からず
私には 貧しいということの意味さえも分からず 無邪気に暮らしていました。
思春期のオバにしてみれば 貧しさとか惨めさを一番感じる時であったかもしれません。
そして その思い通りいかない行かない苛立ちの矛先は
いつも私の家族 特に母親の方に向いていたのかもしれません・・・・・

そんなオバ(祖母の末娘)の不満の視線の先にはいつも私の母親が映り
その延長上には いつも私がいたのかもしれません。。
オバは 何かにつけて 私を槍玉にして叱ったり泣かされたりしていました。
何を叱られ なんで泣いていたのか記憶にさえありませんが・・
ただ、オバの私を見る目はどこか冷たくて どこか意図的な感じがしていました。
もちろん、そんな事 その当時の私には 具体的に表現することなどできませんし
考えてもいませんでした ただ、憎まれているような感じだけが心に残っています。

時間がたつにつれ その感覚は憎まれているという確信を強め
何故、私が憎まれるのだろうか?という疑問が無意識に子供心を揺さぶりました。私は オバの視線に映る自分に怯え いつもオバ視線の先を追いかけ
暖かい視線を 期待し心配り振舞うようになったのです。そんなことを知ってか、知らずか・・オバと私の間には高い壁を感じるようになり
その大きな隔たりが 二人の関係にいつも冷たい風を吹かせていたように感じます。

こんな事を無意識に感じながら、私の心に引っかかった部分を残して
オバは いつの間にか高校を卒業して家を出てゆきました。

大人になり、少しづつ上に書いた状況が理解できるようになり
何故、憎まれなければならないのか? その背景にある過去の状況に気づかされました。

何年かし そんな過去さえ忘れた頃 法事でオバと再会しましたが・・・
その隔たりは 何も変わらず 二人の間に横たわっていた・・・
相変わらず、オバから向けられる目線は冷たく 伝わってくるオーラは
私を拒み続けているかのように 話しかけるのも心苦しく感じられたのです


私は、誤解を解きたかった・・オバが向ける視線は私に向かうものではない・・
そう思いたかった。。
オバの暖かい視線が欲しくてたまらなくて 
お酒の席で 過去に惨めな思いをさせたことを何度も何度も謝った。
自分の責任でも無いのに・・・・ただ、暖かい視線を求めて・・・

二度と 取り戻すことは出来ない 過去の失った暖かさを手に入れる為に・・・
いまいちど 受け入れてもらいたい為に・・・・

もし、これが自分の親であればどうだろう?
「あなたの為よ」という 正当性の元に 親の意図を絡み合わせ
親の子供にはこうあってほしいという欲求だけにとらわれ子供を毎日見つめる
これは、子供を見つめるというより監視している状態に近いのではないかと思います。

このような状態で 何を叱っても 何を褒めてやっても 子供たちは監視されている事に
気をとられ 監視している親の意図を読み取り受け入れられるリアクションをとることに
一生懸命になり 安らぎや落ち着いた時間を奪われ緊張した時間が増えるだけです


この緊張した時間が家庭にいる間続く事 これが【逃げ場の無さ】ではないでしょうか?
虐待を受けた方にも同じことが言えるだろうと思うし いじめなども同じような工程を
たどっているのではないかと思います。
会社の人間関係などで この逃げ場の無さを感じ心壊れた方もおられるかもしれません。
そして、それぞれ一応に 相手の冷たい感覚を感じその逃げ場の無さに連続した緊張感が
身動きの取れない自分を作り出し その息苦しさに押し潰されそうになるのです。


人は皆 愛する人から受け入れられるという安心を長い時間育んでこそ
心満たされて大人になり 人を受け入れることを学んでいくのではないでしょうか。
私は、オバからは受け入れてもらうことは出来ませんでした。。
そして、その事を取り戻したかった。こんな小さな出来事なのだが・・・・

幼い頃から、逃げ場無く受け入れても貰えず 我慢を繰り返し親の意図により
暖かい時間を奪われば その失った暖かさの数だけの安心を取り戻したい・・・そのいつ奪われたのかも判らない安心を取り戻す為に 自分を憎み 人を憎む・・何を憎もうとも 憎むほど 自分を貶めてしまう悲しさに涙する・・・

暖かさや安心を取り戻したい一方で 裏切られることを恐れ猜疑心に目を凝らす本当の暖かさなのか 本当の安心なのかを確かめるかのように・・・・
そんな完璧な人間など存在するはずも無いのに そうするしかないのだ。。

暖かさや安心を取り戻すことに執着し突き詰める事が 逆に大きな不安を作り出す
という悪循環を皮肉なことにも繰り返し
てしまうのではないでしょうか?

いつかこの執着に区切りを着けなければならない事に・・・
気づかなければならない 心が壊れそうな痛みに襲われたとしても・・・
区切り着ける事を恐れる心を 許してあげなければならない。
もしかしたら取り戻せるかもしれないという過去に幻想を抱き・・・
しがみつきたい気持ちは・・・わかります・・・
しかし、残念ながら過去に失った暖かさや安心は戻ることは無いのです・・・

区切りを着ける為に 現在の暮らしの中でたくさんの暖かい言葉や安心を感じ勇気に変え区切りを着ける事を恐れる心を 認め 許し 受け入れ 育んであげる事。。。それが回復への第一歩・・・ そこから始まるのです。。。

心のメカニズムや理論ばかりに気をとられ 何度 自分と向き合ったとしても区切りを恐れる心が しがみつき 元の場所へ戻そうとします。
まるで幸せになることを許さないかのごとく・・・・

暖かさや安心を 奪っていった相手が どんなに謝罪したとしても 償いをしたとしても区切りの付いていない心のままでは 心満たすことは出来ません。。。しかし、区切りを着けることが出来れば大きく変化することだろうとも感じています。


このようなことを考えながら 最初に書いたコメントの返事を書きました。
下記コメント返事抜粋


続きは本へ・・・・・・

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否定される感覚

なぜ、こんなにも些細なことで否定された感覚に陥り
何処までも 深く、深く 落ち込み 自己嫌悪しなければならないのか?
否定されたか感覚を 頻発に感じ日々それを背負い込む・・・
そんな重いもの 人は幾つも背負い込むことは出来ない・・
押し潰されたくなければ 自分で一つづつ降ろすしかない。
そして、誰のせいにしても 軽くなることは無いのではないだろうか?
いつか通らなければならない道があるとするなら・・・
ここからは、目を逸らすも 勇気を持って向き合うのも本人の意思である。

以前、私は、心痛む人のキーワードをなるべく入れないように文章を書いてきた。
何人もの 心痛む人と交流し そして、目の前を通り過ぎた・・・・
少しだけ楽になるヒントを得て 向き合うことを忘れ去っていく・・
自分と向き合うとはとても難しいことです その理由を書いてみました。

先日書きました 過干渉【意に沿う先読み・不安の先読み】の 過干渉という言葉は
あまり問題は無いのです 過干渉は何処にでもあるし だからといって心壊れる
ってことは無いかと感じています。

問題は、逃げ場の無い支配です。
虐待された人の話でもあげたとおり 外部からの衝撃的支配によって逃げ場を失い
悪口も言えず、相談も出来ず 沈黙し続けることによって生まれる不安に将来 
支配される事だと書きました。
そして、その子供のどんな行動も 強い外部的衝撃(暴力)によって
受け入れることを拒まれる つまり これが 根本的にある否定感情だと感じています。
 
過干渉傾向の強い家庭で起こりやすいのが 愛情(受け入れる)という
子供にとってかけがえのないものを餌にして 
幼い頃から 感情や言動を制御し
感情や言動を親の意にそう方向に誘導
し まるで母親の子宮に帰るかのごとく
出口を塞いでしまう 
何処まで言っても逃げ場のない感覚を作りだすように感じています

共通することは どちらとも 感情を沈黙させ 愛を受ける為に顔色をうががい
愛を受ける為に 受け入れてもらう為に 一生懸命・・意に沿うように
子供なりに考え 頑張り 何度 挫けようとも 愛にしがみつき 
ほんの少しの愛情を貰う為に 貰うたびに 振り払われ揺さぶられ過ごし

気が付けば また元の場所に立つ親の目の前にいる自分に逃げ場のなさを感じる。
よく考えてみると どちらも同じような工程を繰り返し心壊れたのではないか?
そう感じることが多くなってきました・・・・・


子供にとって、自分のその時の感情や言動を受け入れられ事
ありのままの自分を 受け止めてもらうことなのではないでしょうか?
初めから答えが決まっている親の意向に 戸惑い困惑しながら顔色を伺い
暖かい笑顔が出るまで 何度も考え 望む答えを探し続ける・・・・
時には、答えを最後まで言い切る前に遮られ 時には言う前から聞く耳さえない
酷い時は、考えている最中に 自分の意向に摩り替える・・・

たったひとつの決まっている答えを出す為に 何度も何度も葛藤を繰り返す


この 繰り返される ありのままの自分を受け入れてもらえない状態が
強い否定感情を受ける子供たちを作りだすのではないでしょうか

どんなに意に沿うように頑張っても どんなに先読みして頑張っても
ありのままの自分を受け入れてもらえない悲しみに傷つき
いつになっても満たされない心に空しさを感じる・・・・・
そして、いつしか子供たちは大きくなるにつれて心壊れる不安に
身を守る防衛手段
を身に着けようとしたのではないでしょうか・・・
否定される前に 遮断するという事を・・ 傷つく前に 殻に閉じこもるように・・
そして、これが回復を妨害し長引かせている重要な原因ではないだろうか。


否定される感覚は 受け入れられなかった数だけ色々な場面に存在し
大人になってゆく工程の中で 洋々に出会う場面に状況として現れ
否定される感覚の核となる 相手の表情や音、会話の雰囲気などに織り交ざる
キーワードによって否定される感情が沸き起こるのではないだろうか?
そして、それは過去に受けた否定される感覚とどこかシンクロしているのではないか


例えば、子供から大人になる工程で ある日突然 親の話を聞かなくなる
”うざい!!”こんな言葉を親は突きつけられて 何のことかわからないだろうが
子供社会(学校)において、沢山の周りにいる人たちの意に沿うように生き続け限界まで我慢し続け もう親の意に沿うことさえ出来ない
叫び声であり サインの始まりなのではないのだろうか・・・・
そして、そこから失った愛(受け入れられなかった事過去)を 取り戻すという
永遠に手に入らないものへの欲求という執着が始まるのです。

受け入れられなかった子供たちは やがて 時代とともに増え続け
集団となり お互いの意に沿う不安や先読みをする不安で 
互いの領域を無意識に知る事になりました。
当たり障りなくお互いを労わるように 言葉を選び 発言をする前に考える
そして、少しでも相手が領域(キーワードになる言動)を踏み越えようものなら
否定される感覚によって 落ち込んだり 遮断したり(怒る・無視する)する事でお互いを戒め処罰することで お互いの領域をより高くし傷つくことを恐れた
のではないかと考えています。

一方では暖かい心を求め 一方では否定され傷つくことを恐れ遮断する
これが、一人の人間の心が背を向け合っている状態ではないでしょうか?


続きは本へ・・・・・・・・

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過干渉【先読みの不安・意に沿う不安2】

よく本で見かける 【良い子を演じる】とは何なのか?
この事を、詳しく書いてある本を私は見たことが無い・・・

いつの間にか 相手の望む行動をしている そんな自分に疲れを感じ
数え切れないほどの相手の行動を先読みして 人の意に沿う自分を嫌悪し
持ちきれなくなり爆発することでバランスを取り 爆発した後悔が 
奈落の底まで自分を落としこむ(落ち込む)・・・・

この自分ではどうすることも出来ない身につき絡み付いて離れない
意に沿う先読み・不安の先読みは 自分の知らない間に自己を蝕む仕組みを
解明しなければ 苦しさから解き放つきっかけさえ掴めないのではないか?
自分なりに勝手に書いてみることにしました。


よくアダルトチルドレンの本やサイト等では、呪縛という言葉で書き綴られ
呪縛という一言で処理され納得してしまう方も多いかと思われますが・・・
心痛める人たちの呪縛はいったいどんなもので構成されているのか
そんなことを、書き綴ったものは見かけたこともありませんが・・
このことの詳細を 示すことはとても重要なことではないかと考えています。

先日書きました。過保護過干渉【不安の先読み・意に沿う先読み】でも述べたように
沢山の情報は 沢山の選択肢を生み それが自分にとっての正しい情報選択だという
確信に近い状態が
 自分以外の人間の行動を判断する基準を作り出します。

つまり、正しいか正しくないか そういう天秤を心の中に作り
相手の行動を量り 判断することにより 自分の考えと言う決定を下すのですが
過保護・過干渉傾向にある現代社会においては 相手の行動を天秤にかける頻度が
あまりにも多く 正か悪かということを問いただす機会が増え
エスカレートしてきたのではないかと考えています。

この正か悪か 得か損かを 沢山の情報選択から突き詰めていき
基準の高い人がいれば その周りの人々の行動は全て 悪か損になります。
その基準が高い人が親であれば、その周りの子供たちの行動のほとんどが悪か損になり
子供たちの行動が不快に感じるのではないでしょうか?

沢山の情報は、沢山の選択肢を与え便利な社会生活を得ると同時に
その事を満たせなかった時の不快を多々作り出す
ことも知っておかなければなりません

そして、大人達が不快感情を持った時、どのような言動を選択するのか?
以前、沈黙の不安ということを書いてみましたが 不快感情を持った時
その事を黙って見過ごせると考えられるでしょうか。


自分の中で 正しいと思われる情報があり 目の前で正しくない行動を目の当たりにして
何も言わず 不快を感情としても表さずいることが出来るのか?
もし沈黙することが出来るとするなら 
自分より力関係が上の人の場合に多いのではないでしょうか。

仮に、あなたが職場で上司に対して上のようなことが繰り返された場合
沈黙を守ることが 果たして出来るのでしょうか?私自身も難しいことだと感じますし 読んでいただいている方も
同じように考えられているのではないかと思います。

そして、力関係の中で 相手の粗悪な行動を見聞きし不快を受け繰り返すことで 私たちは、どのような精神状態になっていくことでしょう・・・
意見することも出来ず、作り笑いをし我慢する そして、上司のいないところで
愚痴をこぼし 違うところで鬱憤をはらし気を取り直す。

私たちは、相手からどんな不快を受けたとしても逃げ場があるということだけで
気を取り直し 自分を癒し 立ち直り また明日へと繋げて行くのだろうと思います。
もし、正当性という名の元において 子供たちの逃げ場を塞いでしまえば
子供たちの精神状態はどのようになってゆくでしょうか。

大人たちは、子供たちの逃げ場を塞ぐために ありとあらゆる理屈と処罰を駆使し 愛情(受け入れる)という最も必要な餌を目の前にぶら下げ感情の逃げ場をを塞ぎ 行き場の無い内なる心にやがて押しつぶされる。
そして、逃げ場を塞ぐ支配関係の中で生まれるものが 
先読みの不安・意に沿う不安ではないかと感じています。

逃げ場を塞ぐ支配関係の中で 最も重要と考えられることは
支配者の意向(子供がどうあって欲しいか)です。
そして、相手の感情とはお構いなしに 
自分の基準だけで不快を言動することだと思います。

二つ目に 子供にとって最も必要な愛情(受け入れる)を餌にしていないか
そして、その事を子供を戒める処罰として使っていないかという事が重要で
子供を沈黙の不安を植えつける為には必要不可欠なのではないかと思います。
後に、このことが否定される感覚を強く引き出すことになり
この感覚が 酷い自己嫌悪を長引かせる原因ともなります。


三つ目に 最も高度である 子供が行動を起こす前に 先読みして
自分の不快感情を受ける前に布石や誘導
で子供をコントロールすることです。
これらのことは 過干渉の世代間連鎖と情報量によって 進化
いとも簡単に 現代のごく普通の家庭でも行われていることだと思います。
これが、訳もわからず心苦しむというものを作り出すのではないかと感じています。

続きは本へ・・・・・・・


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テーマ : モノの見方、考え方。
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過保護干渉【意に沿う先読み・不安の先読み】

★人の意見を聞く前から聞こうとしない 遮る 怒る・・・・
 人の気分を察知して言葉を選びお互いの領域にも入らず慰めあう・・・・
 この全く相反する性質を持つ言動が背中を向け合い一つになっている。
 個人の時代ではあるが・・背を向け合っていては抜け出せるはずは無い。。
 人を受け入れ無ければ痛みも無いが 向き合うことも出来ない。。
 心が背を向けあった一人の人格・・これが、現代の心の難しいところかもしれない
 

ある日、宗教の勧誘の人が持ってきたパンフレットをパラパラとめくっていると
ある文字が目に留まった・・・・・

【選択肢が多いと充実感が得にくい】

この日から、私はこの言葉が頭から離れなくなってしまった。

遠い昔・・・子供だった頃 何をして遊んでいたのだろうか・・・
目の前にある大木にしがみつき 登りきったときの景観は
何処よりも高く優越に僕の目に映った。
そして、登りきったという征服感に心満たされたものだった。

そして、そんな僕を見守っている親たちも そうやって遊ぶしかない・・
そう思っていたに違いない。

周りの大人たちのほとんどが そう思っていたに違いない・・・
少ない選択肢の中で 心広く 胸躍らせ遊びまわった。

その場所には 先読みの不安や意に沿う不安など無かった。。
思うように動き、叫び、泣き、痛みを感じ、笑った。
子供の社会のルールの中で力を競い合い決まりを作り処罰され仲間になった。

【選択肢が多いと充実感が得にくい】このことと過干渉を絡めて
 話を進めて生きたいと思います。


【過干渉とは?】

たった数十年の間に 世の中は凄いスピードで変わっていった。

たくさんの品物や情報は たくさんの選択肢を与え
やがて【その時の欲求を最高に満たしてくれる】ものを選ぶ事が当たり前になりました。
テレビ一つ買うにしても 後で欠点を知って後悔する
買ったそのすぐ後に 凄い機能が付いた値段のさほど変わらないものが発売され
後悔する。。幅広く、先を見据えて 購入する区切りをつけなければならない。

多分 誰もが、このようなことを考えていらっしゃるのではないかと思います。
家電製品一つでさえ、幅広く詳細に 先を見据えて買うタイミングを計るのです。
ましてや、複数の人間が入り混じる家族という形態の中で生活すれば
【幅広く詳細に先を見据える】 という数限りない選択肢が待ち構え
たった※一つの選択に悔やみ 数限りない不快を生み出すのではないでしょうか?

続きは本へ・・・・・・・


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テーマ : 両手を広げて。空と向き合って。
ジャンル : 心と身体

喪失の弊害に至るまで【過干渉・過保護】

※なぜ、現代こんなにも心の問題が複雑なのか?
 お互いを慰め合い核心にも触れず回復の道はあるのだろうか・・ 
 そんなことを勝手に書いてみました。
 

これまで、虐待を受けた人を例に書いてきました。
現在、心痛めていらっしゃる方は 時代背景とともに
複雑化しとても心が分かり難いことも事実です。
それぞれ100人 100通りかも知れませんが
心の奥底は どこか似ていて同じような工程をしているのではないか?
そう感じることが多くなってきました。
以前 「心に痛みを持つ人は 何を奪われ何を失ったのかさえ
判らないほど複雑な言葉のやり取りや駆け引きをし
気が付いた時には、ワケも分からず 空っぽになった心に
押しつぶされそうになっているのではないでしょうか? 」
と書きましたが そのことについて自分なりに考えてみました。

家族として暮らすなら 最も失うことを恐れる事・・・
それは、自分の愛する人が居なくなるという事だと思います。
つまり、愛する者の死です。

人々は、ある時代から この事に過敏になる様になりました。
身近な人達の死から、学び取った知識を集め二度と悲しみを
繰り返さないように 心に書きとめ気を配るようになりました。

そして、最も危険性が高い 失いたくない我が子を保護し干渉
することで 親である自分の心の不安を落ち着ようとしました。

我が子を守る情報は ニュースのあるたび新しい情報として
頭の中にインプットされ子供が自分の手元から離れるたびに
不安の先読みが 子供たちを深く干渉し保護しようとした。

やがて、危険なことだけに留まらず 子供を良い方向へ導き
失敗しないように導くことまでに至ることになったのです。


尊さという大義名分の下で 膨大な情報を把握し
我が子を保護し干渉することになりました。

不安を打ち消す意見が出れば 大義名分を持って責任を問い正し
有無も言わせず 沈黙をさせる・・・
どこかの家庭で起きていそうな※”過干渉・過保護”が
社会全体を覆い尽くし 窮屈に複雑にしているのではないでしょか?

※子供が遊びに出ると 色んな言葉で説得し外に出さず
 意見するものがいれば 大儀を持ち出し沈黙させる
 PTAの話し合いなどに行っても 大儀の乱発で話が進行しない

とりあえず、大雑把に時代背景を書いて見ましたが
時代背景なしには 現代の心の病は考えられないと感じています。
発症の低年齢化と 膨大な情報量×過干渉・過保護と密接に
関わりあっているのではないかと考えています。

過保護・過干渉と 心の病と いったい何の関係があるかと
思われるかも知れませんが・・・・
私は、密接に関わっていると考えています。

 
【過保護・過干渉】

過保護といったら ハリーポッターのダドリィーみたいな子供を
想像しがちかもしれませんが・・・
溺愛することだけが、過保護なのではないとは思いませんか?
どんなに厳しく育てたとしても 子供の危険性を考えすぎて
行動の制限をすることも 過保護ではないでしょうか?
そして、色んな事件が起こる現代で行動を制限しなければならない
事が仕方ないこともわかります。

続きは本へ・・・・・



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テーマ : 幼児教育
ジャンル : 育児

喪失による弊害にいたるまで【言い訳】

違和感を否定するために、言い訳(心の中でつぶやく)をし続け
人との隔たりを大きくし 身に染み付いてしまうプロセスを解説


なぜ、心に痛みを持つ人は 自分に言い訳をしなければならないのか?
言い訳とはいったい何なのか?「私の気持ちなど分かるはず無い!」
回復を 遮っているいるこの言葉の意味は?
この受け入れ難い不快な言葉と向き合った時
何かが生まれるかもしれません。
虐待を受けた方のことを例にして説明したいと思います。
喪失による弊害に至るまで【違和感】の続きになります。


虐待を受けた子供の違和感は ※愛情喪失を恐れるがあまり
友達の言葉一つ一つから目をそらし 目をそらした自分に
言い訳しながら 隔たりを深めて大きくなっていきます。

※相手が愛しているかと言うことではなく
 自分が愛している相手に愛を失うことを恐れる事なのではないか? 
 正当に 受けるべき愛情を受けられないことを憎しみ呪う・・
 その一線を越えることだけは避けたいと言う本能が
 心の中の灯火だけは消すことを望まないのです。
 

目をそらすと言うことは、私たちで言えば 酷い事故の現場に合い
負傷者のあまりにも凄惨な怪我の状態を見ることが出来ないとか
話し合いの中で、核心に触れられ問いただされた時などに
よく起こる状態ではないかと思いますが。。

虐待を受けた方の場合 毎日 その子供の環境自体が
違和感を感じる核心に触れるものなのではないかと思います。
そのため、他の子供と接すること自体が自分の核心を突かれる
そんな感じではないかと考えました。

普通の日常の中で 他の友達と接するだけで 核心に触れるのですから
毎回、心の中で その友達の行動や言動から目をそらさなければ
現実の自分が惨めで情けなくて辛いのではないかと思います。

いつまでも続くかわからない悲惨な環境・・・
それを耐え抜いていかなければならない 自分を知っているし
核心(普通に暮らす)という行動や言動を突きつけられ
偽りの心(普通に暮らしたい)に目をそむける。
こんなにも辛いことは無いのではないかと思います。

未来に少しばかりの期待を胸に抱き・・毎日を生き抜く・・
そして、言い訳ということが 毎日を生き抜くために重要な支え
になってくるのではないでしょうか?

私たちは、都合が悪いことが起こるたび言い訳をし
自分の心を慰めています。そして、慰めていることを知ろうとしないで
言い訳を乱発させると やがて、言い訳は真実になり
他者への責任転嫁へと変わっていくのではないでしょうか?


虐待を受けた子供は、毎日感じる核心から自分を守るために
目をそむけ言い訳をし続けなければならないのです。
そして、それは容易な事ではないのです。

天真爛漫な容赦ないほかの子供たちの核心を突いた問いかけに
目をそむける自分を悟られないために
目をそむける領域に入る事を遮るために・・・
 
いろいろな事を学習しなければなりません。

相手の弱点を探し 雰囲気を先読みし話の転化を心がけ
もし自分の領域にでも入る事があるようであれば
徹底的に矛盾点を探し出し具の根も出ないように叩き
二度と自分の領域に入らないようにしなければなりません。。


そして、最終的には 長い時間 目をそむけ言い訳した事を
真実にしなければ自分が崩れ落ちる
ことまで学習します。
しかし、目をそむけ言い訳し続けた自分が大人になり
心を責め続ける
ことになるのではないかと思います。
偽りの真実を問いただすかのように・・・・

上記の事を内部に閉じ込める子供は 心を閉ざし・・
やがて内なる自分に 心壊される事になるかもしれません。

言い訳ということを 自分を慰める事だと言う事を誰からも教えられず
身を守るためだけに 本能のまま使い続け 言い訳を真実とするため
やがて、記憶の操作と言う事も学習する事になります。

※言い訳は 自分を慰めることを認識して使う事が大切です
 そして、言い訳し続けると 何が自分の責任で
 何が人の責任なのかさえ判らなくなってしまうのです。
 
続きは本へ・・・・

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