紙飛行機と僕【たった一度の飛跡】

保育園の頃、紙飛行機を飛ばしていた。
何枚も、何枚も紙を折り
どんな風に飛ぶのか想像しながら折った。

身長50センチあっただろうか?
ジャングルジムの上に登った僕は、
その高さに目もくれず

紙飛行機の飛跡を追い続けた。


紙飛行機



( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
へたくそな絵ですいません。

子供の頃、紙飛行機を作るのが得意だったんです。
自分の思い込みかもしれませんが・・
強く思いに残っています。

何処へ飛ぶかも分からない
どんな飛び方をするかも分からない。
だから追い続けなければ焼き付けられない・・・・・
そんな、風景がとても好きなんです。



何千回も投げて残っているのが
現在の、一度きりの飛跡の記憶なんでしょうね。

子供たちが、紙飛行機を折る姿も・・・
投げる姿も、めっきり見ることはなくなってしまいましたが・・・

形は違っても、僕の紙飛行機に変わるような

記憶が残っていて欲しいものです。

きんたろう

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ジャンル : 心と身体

本当の喜び【記憶のカケラ】




あなたの子供の頃の家はどんな所でしたか?

小さな家の中で、

お父さんやお母さんと 

死ぬほど笑った記憶はありませんか?

そんな時のみんなの表情はどうでした? 

多分みんな心の底から笑っていたはずです。

家族全員が笑っている。

それは、家族すべてが何の支配や何の駆け引きもないことを意味します。

子供の頃 なんの支配もなくなんの駆け引きもなく

笑えた自分を沢山思い出せる事。。。

大人に成っても 

その事はシーンとしてよみがえり

沢山の笑いや幸せを運んでくるはずです。

誰にでもそのカケラが少しでも残っているなら

思い出してみましょう。

それが、本当の喜びの第一歩なのです。





これは、旧HPで2001年に書いたものです。
HPに載せておいても、誰も見ないのでここにアップします。

ブログの場合は、どんなに過去の記事でも、検索を通して
誰かが見に来てくれますので、ブログって凄いなといつも思います。


この記事を書いた理由は、当時、笑うことの大切さを知ったからでした。
どんな不遇の環境の中で育ってきた人でも
心の底から、笑う瞬間はあるはずです。

そして、それらは、過去とリンクしています。
以外に、そのことに気づかないのも人の面白いところだと思います。

人は沢山の辛い過去に覆われて、そんな楽しかった思い出さえ
自分で封じ込めてしまうのです。

過去の楽しかったひと時を思い出したとき
心の底から笑う自分に気づき
心を許している時を感じる。。。。。

場面は違おうとも、何かが繋がっているはずです。

その場の雰囲気、背景、相手の優しい目・・・

そのことを、ひとつでも知ることが出来たなら・・・

愛されていた過去が、閉ざそうとする

あなたの心を開き許してくれる事だろうと思ったのです。

その先に、本当の喜びがあることを信じて・・・・

記憶のカケラを集めてみませんか?


きんたろう

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終わり【アダルトチルドレン二つの安全な場所】

あなたは、あなたのままでいい・・・
あなたは、悪くないのよ・・・


アダルトチルドレンであるなら、まず通らなければならない登竜門である

安全な場所作る為に、、、

何度も唱え続けた(君は悪くない・・)

あの日。。。




あれから、何年たったのだろう・・・

憶えてないほどの年月を経て、

今、こんな記事を書いている。

沢山の人と出会い、なぜ?

私に色々な質問をしてくるのか?

一つ一つ答えてゆくうちに

ここに行き着いてしまった。

漠然とは、わかっていたが、言葉として残す事によって

改めて実感し納得する・・・・



もっと癒しのある言葉を使いたかったのだけれど

それはいつでも出来ると感じていた。

ただ、ありのままを書きたかったんです。

その場所として、このFC2を選びました。

シガラミのない、この場所を・・・




そして、ここに来るまで、何人の人の心を封じ込めて着たのか・・

わかりません、、、

大変申し訳ありませんでした。。。



言い訳になりますが、正確に言えば、その方その方の、壁(核)を
壊すためのギリギリ試しを行っていたのかもしれません。

本来であれば、自発的気づきにより 自らの殻を破るということを
意図的に啓発する事。。。
それは、長い時間のかかる心の問題と
本人・家族・・・その中の苦しみの
時間の軽減を、私自身が強く望んでいたからだろうと思います。




ありのままの自分でいいのよ

これは、ありのままの(悪い自分醜い自分)自分を受け止めよう

本当は、そんなな言葉なのではないでしょうか?

そこまでくる、経緯を、回りくどくソフトに言葉にしただけなのかもしれません。

その経緯を早めるためにも、より沢山の仕組みを書く必要があったのだと思います。



なぜ、二つの安全な場所を書くことになったのか?

私は、家族の問題は元より、沢山のネットで知り合った人たちとの会話の中から
どうしても、越えられない壁があることを思い知らされました。

それは、心の法律であったり、記憶の操作だったり、ご褒美と相殺など
さまざまな文章で表現してきたように、この複雑な仕組みによって妨げられているのだと
感じていたのです。

そして、これらの事を、表す事によって理解さえすれば
徐々にでも、回復の方向に導かれる
のではないかと考えたからです。

しかし、この考え方は、真逆だったのです。。

不遇の環境に育ち、心痛めて現在を迎えられている方は、
その不遇の環境の中を生き抜くために、

まず、自分が逃げ込む安全な場所を作る必要がありました。
愛する人を守るために、
自分の持つ愛情のともし火を消さない為に。。。。

自分を傷つける事で心を逃して来た場所が
不遇の環境の連続で出来上がってしまっていたのです。


この小さな小さな場所は、不遇の連続により
沢山の手法を使わなければ、その場所に逃げ込む事ができなくなった
のだろうと思います。

その為に、言い訳や違和感を誤魔化し、その場所に無理やり逃げ込もうとする行為
心の法律や、記憶の操作、納得と相殺などより複雑な手法を作り出す事に
なったのだろうと推測しています。

小さな心に、その痛みを・・・逃げ込む場所を作ってしまったのです。
そうする事が、自分にとって
一番の安全だと感じたのですから仕方ない事だと思います。

入りきれない大きな出来事(虐待・過干渉)を、※変換し圧縮する事によって詰め込んでゆく・・・
やがて、入りきらなくなった時、心に障害が現れ・・・・・
心を吐き出す場所を探す事になったのです。

※記憶の操作や妙な納得の仕方で不遇や不快を心に飲み込んでしまう事

それが、アダルトチルドレンの本などで言われる「安全な場所」だろうと思います。

その、安全場場所(他者が作提供する安全な場所)には、
かつて居た場所(自ら作った安全な場所)に作った沢山の決まりごとがあり、、
カウンセラーや、心理学の先生たちが提供する安全な場所を
自分の仕切(決まり)によって、拒絶するという行為が、
自分の回復を拒み、援助する人たちを困惑させる事になったのだろうと思います。

これらの事は、現代になるにつれ、困難・複雑化していることに
目を向けてみると、理解出来るのではないかと思われます。

アダルトチルドレンや心の問題を抱える人にとって
他者が提供する安全な場所を受ける事はとても大切な事です。
しかし、自分が作り出した、安全な場所を知る事も
時には必要なのではないかと考え始めました。

カウンセリングを受け、上手く行ったとしても距離が縮まるにつれ
「この人では駄目だ・・・ぜんぜん解ってくれない」

友人関係の中で、この人は信頼できる、、
そう思いながらも、ちょっとした行き違いで、行き詰ってゆく・・・・

ネットの中の交流にも、そのようなパターンがあるような気がしています。


手を変え。品を変え。場所を変え。人を変え。

どこまで行っても、同じ事を繰り返している事にさえ気づかない。。
これが自ら作り出した安全な場所の最も恐ろしいところだと考えています。


どんなに心の勉強をして、知識を高め、認識を変えても
自らが作った、安全な場所に逃げ込む瞬間を捉える事が出来なければ・・
他者が提供する安全な場所を、どこがで拒否し認める事が出来ず。。
自分と本当に向き合う事が出来ないのではないでしょうか?

あなたは、あなたのままでいい・・・
あなたは、悪くないのよ・・・



私は、この言葉に、そんな意味がこめられているような気がしてなりません。

自らが作った安全な場所を知り、自らと向き合い
自らの壁を壊すのは、、、、

あなたにしか出来ません。。。

きんたろう





ここまで来るのに、20年掛かりました。
ネットを始め、10年 文章を書き始めて9年・・・・
自分の中で、やっと区切りがつける文章を書き終えることが出来ました。

これまで、会ったネットの方々に本当に感謝申し上げます。
誰一人カケたとて、この文章には行き着かなかったろうと思います。

もちろん自己満足の世界なのですが・・・

本当にありがとうございます。

この記事は、長年にわたり、不登校関係の親御さんたちのブログを拝見して
子供の問題を抱え、互いに勉強しあう姿を拝見しながら
自分と重ねたり、アダルトチルドレンと重ねたり
それぞれのお子さんの状態や経緯やその先を感じ取る事によって
ようやくまとめる事ができました。

沢山の親御さんたちが、それぞれに方向性を持ち、信じ
子供の回復を心から願って折られるのを感じながらも・・・
その交流の中で、引き戻しに会う姿に・・・・

自らが作った安全な場所を見つける事ができました。

親が変われば、子どもも変わる・・・・

親が自ら作った安全な場所に逃げ込む事をやめ
親自らの心を解き放った人に訪れる心地よさが
子供に力を与え変えているのだと思いたいのです。

そして、子供たちに、もうその場所に逃げる必要が無い事を
心で伝えて欲しいと、心から願っています。



きんたろう

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父親からの虐待を受けてきた男性【再編集版】

珍しく、男性の心の傷について書いてみたいと思います。

今回は、父親から虐待を受けた男性について書いてみます。
これまで、ほとんど女性の慢性ショックやトラウマから来る心の傷を書いてきましたが・・・

ちょうどよい機会に、コメントを頂いたので
私の推測を書いていきたいと思います。


男性の場合、虐待やトラウマといったものは
女性と違い、怒りや憎しみへのシフトが女性より早くこれらの事は、
※沈黙の深さに比例
しているように思えます。

※過去のこころの闇、何も言えずに我慢した時間

幼少期の沈黙は、男女あまり変わらないのだと考えていますが・・
生育してゆく上で、女性の方が表現力を見につけるのが早く
男性の場合は大人になっても、自分を言葉で表現することを
怒りへのシフトの速さを本能的に察しているために
女性よりより押さえ込んだ状態で大人になりやすいのではないかと感じています。


まず、この怒りや憎しみへの心のシフトの速さという事を押さえておかなければならないと思います。


幼少の頃から、父親に虐待にあった場合
その子供は、父親に対する憎しみを増幅させてゆきながら
このような人間にだけはなりたくないという、感情も同時に成長させる事になります。
同時に、それを見過ごしてきたものに対する憎しみも同時に芽生えます。
それが、大体母親だったりするわけですが・・・・・・

このことが後に、大人になったその人の心を苦しめ続けることになります。

当時、子供にしてみれば、暴力を振るう父親に抵抗も出来ず
ただ我慢していたのではないと思うからです。

そのような暴力行為の中、家庭という狭い環境では
どうしても、支配行動をするために、人質になる家族が必要になります。

当然、その子供が反抗したりすれば、誰か違う、家族にその脅威は向けられる事になるわけです。

これらのことを何度も繰り返しながら、他の家族が酷い目にあうことで
それを抑止するために、自分の身を挺して父親の暴力治めることを学びます。

同時に、暴力を触発させる目を無意識に持つことになるのです。

※嫌悪の目で父親を見る事で、自分の方に暴力を向けさせる行為


これらの事は、他の家族を守るための行為であり
自分を犠牲にする事で、すべてを背負い込む行為でありながら
助けを待っている心を希望として逃しているのだと思うのです。



助けがこない場合、父親を憎む事で希望をつないでいかなければならなくなります。
暴力が行われるたびに、身を呈し。。。


いつか助けてくれるのではないかという希望を毎回裏切られ
家族を守るという本能で自分を納得させながら
失望を繰り返す。。。。。


納得できない部分を憎しみや恨みで補いながら成長してゆくわけですから・・・
本当に、辛い事だろうと思います。

当然、毎日命がけなのですから・・・・
その中で、他の人には見えない人の心も見えてくるわけです。

相手の言葉を、本心なのか嘘なのか即座に判断能力をつけることになるかと思います。

例えば、暴力行為が終わった後、駆け寄ってくる母親の心配する声は
虚の言葉にしか聞こえませんし、※なぜ、もっと早くに身を呈して庇わなかったのかという
矛盾をしりながらもそれを認めればすべてを失ってしまうのですから・・・
とても厄介なのです。


※愛するものを守ったということや、身を呈してかばってくれなかった事実
 自分の愛も失い 家族の愛も同時に失う感覚が付きまといます。




これらの本心を見抜く感覚は、大人になっても消えることなく残り続けてゆきます。
そして、怒りや憎しみで支え続けた心は
その本心を見抜いた瞬間に、怒りや憎しみに即座にシフトします。
それを抑えるために、

怒りや憎しみへの沈黙という行動を起こします。

これらの事は、一見、逃避行動のように思われがちですが・・・
自分を怒りや憎しみから、守ろうとする行為だと私は考えています。
同時に、現在の家族を守ろうとする行為でもあるのではないかと思うのです。

さて、このような虐待を受け大人になった男性は、憎しみや怒りに支配される現状・・
つまり満たされない愛情を常に感じているわけですが・・

その本心を読み取る能力がゆえ、、自分が怒りや憎しみにシフトする瞬間を
父親の過去の表情と重ね合わせ、強烈な嫌悪を自分へ抱く事になります。


それらを読み取らせるものが、現在の家族の表情ではないかと推測します。
つまり、妻が一瞬でも怯えた表情になれば・・・
その姿に、自分が最も嫌悪する父親の姿を垣間見る事になり。。。

これまで父親に向けてきた怒りや憎しみは、
一瞬にして自分への嫌悪として戻ってくる事になり、
八方塞な心に、沈黙という行為で押さえ込むことになったのだろうと思います。

しかし、怒りや憎しみを押さえ込もうとすればするほど心が苦しくなるため
違う行為で、その膨大な怒りや憎しみを発散する事になります。


もっとも、多い形がアルコールによる理性の開放、、それに伴う暴力行為をする事で
発散させる、いわゆる、DV(ドメスティックバイオレンス)となります。

これらが出来ない場合、逃避行動(突然の失踪)などする場合もありますし
究極の場合は、自殺という事になるのかもしれません。

それぞれの行動は、形が違うだけで心のプロセス的には変わらないと考えています。

ここで、最も重要な事は、究極の状態で自分を守ってきたた
虐待を受けている時の、父親の怒りの表情と同時に
周りの怯える家族の表情や、助けようとしなかった家族への矛盾と怒り
これらのいく様にもあった表情を、すべて憶えているということにあります。

雰囲気で、※全てが判ってしまうということなのだろうと思うのです。

※表情や、場の空気で周りの家族が怯えたりしているのがわかる事

それらを通して、映し出される自分の姿は、かつて自分が睨み付けていた
怒りや憎しみの対象(自分の作り出した化け物)
なのではないかと思います。

この嫌悪感を、本人に感じさせないように家族ができることは
対になる、あなたが、究極の想いで接しない事だと思います。

「かわいそう」、「愛してる」 究極の想いで言葉として伝えたとしても
極の言葉には、必ず矛盾が付きまといます。

究極を生き抜いてきたサバイバーは、究極の愛を捜し求めています。それゆえ、人を試し、見抜き、満たされない愛に失望してきたのかもしれません。

究極の愛など、健全に育った人にも手に入れることは出来ないものです。
それが判らないから、普通の愛情に違和感を持ち続け
家族の一喜一憂に怯えて
暮らさなければならないのではないかと考えています。


子供の頃、虐待された子供は、
いつまでも、いつまでも、自分を助けてくれる人を求めています。
あの頃助けられなかった、自分を守るように。。。。。
そんな自分を、連れ出してくれる本当の愛を持った人を求め。。。

探し続けているのかもしれません。



専門的知識の無い、家族に出来る事は、
当人を普通に見てあげる、接してあげるしかないのではないかと思いますし
当人が、普通である事、暮らしていけることを一番願っているのではないかと
思うのです。

そして、これが一番難しい事だとも思います。



きんたろう

わが子が不登校になった日
きんたろう監修⬆︎わが子が不登校になったひ" target="_blank" title="わが子が不登校になった日">わが子が不登校になった日
きんたろう監修⬆︎


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