遊びの中の学習

以前、テレビを見てた時、子供の脳についての話があった。

偏った学習では、健全な脳は育てられないという話だが、

とりあえず、そんな難しい話をするつもりはないので

その番組から感じた事を、書いてゆきたいと思います。



まず、都会の親子と田舎のわんぱく親子に、なるべく道具を使わず

竹の筒でご飯を炊き比べをさせた。

近くのテントには、わざと炊飯グッズなどが高額で並べてあり、

ライター1つで500円とか、水1リットルで1000円とか、

炊飯に必要な道具を、使わせないように高額な設定になっているようだ



まず、田舎のわんぱく親子は、それらのグッズを使わず、

色々な工夫をして、上手くご飯を炊きあげていった。

いっぽう、都会の親子はどうして良いのか分からず、

テントに並べてある、高額な炊飯グッズに頼ろうとして

5000円から10,000円ぐらいの炊飯グッズを買いこんだが

炊けたご飯は惨たんたるものだった。

都会の親子は、アイテムに頼りすぎて、工夫や発想の転換を出来ないでいるようだ

たしかに、炊飯器は決まった水の量をいれ、スイッチを押せば美味しいご飯は炊ける。

確かに便利なものである事はまちがいないが、家の中は便利当たり前のオンパレード

その便利さが、何十年もの間に染み付いているに違いない、

もし、それらのアイテムがないと、不便だとかメンドクサイとかしか考えられないだろう

道具に頼りすぎてマニュアルや配列にとらわれすぎている現代人には、

そこに発生する工夫や情緒を喪失する事を知らない。



次回 落ち着きのない子供に 続く・・・・




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被害者意識と求愛【ご褒美と相殺】

失った愛は、本物を手にするまで繰り返される。

そしてそれは、人から与えられるものではない。



前回、普通のご褒美と偽りのご褒美とについて書いてみました。

自分が悪いと思う代わりに、自分を満たす偽りのご褒美が必要になるのです。

それが、偽りの相殺であり

偽りの相殺を満足させるものこそ、記憶の操作によって創られたご褒美


このような事を書きました。

人は、否定され続ければ、どのような状態になるか考えてみた事がありますか?

仕事上の関係で、どのような優秀な上司であっても

その上司の、誘導や意図が根底にある場合・・・

何度も、注意されたりすると、注意をされたり叱られたりする人間の側は

心の奥底に、不満を抱える事になります。



理論的には、間違いないことだと分かっていても

何か心に引っかかってしまう・・・

そして、不満だけが積もってゆく・・・

頭では、分かっているのだけれど、、、

何かが違う・・・



そして、幾度も、注意や指導を受けるにつけ・・

瞬時に、

「あぁ~また始まった・・」

「同じ事ばかり注意しやがって!」



理解できる能力がご褒美の正体でもあります。

つまり、上司は、本当にあなたの事を思って注意したり叱っていないことが・・

すでに、理解されているという事を示している
のではないでしょうか?



つまり、上司は、あなたの事を本当の気持ちで思いやっていない言葉だと

瞬時に判断できているからです。



しかし、そうは思いたくないのが人の心というものではないでしょうか?

自分のことを思ってくれていない・・

そう感じる事ことほど人にとって辛いものはありません。



それを確認するためにも、人は自分の心の限界まで確かめようとする。


「もう、限界です。。あの上司にはついてゆけません。。退職します・・」

このような事は、日常の中でありふれた事であり

皆さんも幾度かは経験のある事ではないでしょうか?


そして、その限界まで心を繋ぎとめようとしているものが心のご褒美なのです。

理論的には納得できても心の奥底ではどうしても納得できない自分を

上司の良いところを思い起こしたり、自分の失敗を思い起こしたりする事で

相殺しなければならなくなるのです。

その上司に対する思い入れが深ければ、自分を傷つける事により


相殺しなければなりません。




つまり、あなたが、上司に求めているものは求愛なのです。

自分を好意の眼差しで見て欲しいという欲求が自分を我慢させる。。。

そして、その度合いは、生育暦と密接に関係しているということを、

振り返ることが、自分のご褒美という問題を知るきっかけとなるのかもしれません。

限界まで我慢するには、限界まで我慢出来るほどの過去や

究極の状態まで相手を憎まない為に自分をごまかす何かが必要になります。

こんな自分を支えるためには、何かが必要なのではないでしょうか?

そして・・・・

それは、自分自身が愛を求めている(執着)からこそ出せる力なのかもしれません。

本心で憎まないためにも悪口を言ったり、自分をさげすむ必要が出てくるのではないでしょうか?

逆に、究極の状態まで自分を追い込む事で、自分の中に残ったちっぽけな欠片のような

愛情を支えている行為のように見えて仕方がありません。


被害者意識で心の片隅にある愛情を支える・・・・

これが残念ながら・・・・

心傷める人のご褒美の正体なのかもしれません。


最も愛するものを 心底憎むことを最も恐れるがあまり

その憎しみを、相殺するかのように生まれてきたのが・・・

自虐や他虐・・

自虐を具体的に言えば、自傷、自殺、依存症、イジメられている人、不登校、引きこもり

他虐で言えば、殺人、DV、子供による家庭内暴力、イジメる人、過干渉、共依存など

どちらも自分を追い込むことによって相殺しようとしている形に過ぎません。


自分を追い込み相殺するために必要なのがご褒美なのです。

今、あなたに本当に必要なものは、被害者意識でも相殺でもありません。

自分にとっての本当のご褒美を知る力ではないでしょうか?

失った愛は、本物を手にするまで繰り返される。

そしてそれは、人から与えられるものではない。。


きんたろう

花王愛の劇場 ラブレター




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心傷める人のご褒美の正体【AC回復を妨げているもの】

アダルトチルドレンを回復から引き戻しているもの前回書いた続きになります。

心痛める人たちの、ご褒美について、まず、書かなければいけませんね。

普通、、感覚的に言えば

褒められたら嬉しい、貶されたら怒る、放っておかれたらイジケル
この感覚が、当たり前の感覚だと仮定します。。。



この純粋な感覚は、普通だからこそ味わえる感覚なのかもしれません。

ご褒美とは、この感覚に似ています。

褒められても嬉しくなかった

貶されても自分が悪いと思った。

放っておかれるには自分に原因があるからだと考えてしまう。

ちゃんとしたご褒美を受けられず、育てば、普通は歪んでしまいます。



自分が悪いと思う代わりに、自分を満たす偽りのご褒美が必要になるのです。

それが、偽りの相殺であり

偽りの相殺を満足させるものこそ、記憶の操作によって創られたご褒美なのではないでしょうか?

このことに関しては、具体的に書かなければなりません。




例えば、あなたは、どんな人ですか?
周りの人の中で?

出会ったばかりの自分と、親密になって行った工程の中で
自分の発言や言動、態度の変化に気づく事が出来るなら
あなたは、回復の可能性が高いのではないかと思います。



あなたの、これまでの交友関係を振り返ってみてください。

親密度が、深くなればなるほど相手の言動を制限してしまったり
自分の言動を制限してしまったりするのであれば・・・
自分を動かす原動力である、心のご褒美について考える必要があります。
なぜなら、原動力(ご褒美)が不幸を選択している可能性が高いからです。

しかし、これらの事は、自分では中々気づきにくいことでもあります。

気づきにくい、自分を創っているのが

これまでの生育暦の中で、親から被害に対し身についた自分を守り
生まれてきたのが 窮屈な心の中に生まれたご褒美なのかもしれません。

きんたろう




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アダルトチルドレンを回復から引き戻しているもの

アダルトチルドレンご褒美と相殺と記憶の操作が回復を妨げている理由

慢性ショックによるトラウマを書く前に、どうしても書いておく必要がありましたので。
心痛める人たちのご褒美について書いてみたいと思います。

普通の人にしてみれば、ご褒美とは正統に受ける評価であったり
心を満たす行為を受けるという事になりますが・・・
それらが、幼少時から受けられなかった場合、ご褒美はどのようなものに変わってゆくのか?
考えてみる必要があります。

これは、アダルトチルドレンに限ったことではありません。私たち、普通に育った大人も子供も関係なく
全ての、心の問題に通じることであり
もし、この文章を完読してしまった人には必要な文章であることは間違いないでしょう。

私は、このことを書くことを、拒んできました。
これまで、育んできた人たちに答えを提示したくなかったからです。

自分で考え、自分で答えを出す、
その事に重要な意味があると考えたからだと感じています。



この文章を、本の中では、

アダルトチルドレン最大の壁【記憶の操作と相殺】

という文章の次に、書きたかったのですが・・・

せっかく答えをつかみかけた人に答えを出すようで

申し訳なかったので、書かずにきました。

しかし、その方も、もう来ることもなく・・・

もうそろそろ、書く時期が来たのかもしれません。


きんたろう




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トラウマ【トラウマを解消する前に】

トラウマを解消するには、どうしたらよいのか?
私がどう考えているのか? 
朋美カウンセラーさんから質問を頂きましたので
ちょうど良い機会だと考えまして、記事として書いてみることにしました。



まず、トラウマとは何なのか?
実は、これまでトラウマについて考えてみたこともなかったものですから・・
細かくトラウマについて書いてゆきたいと思います。

私のトラウマは、5歳の時 とても可愛がってくれたおじいちゃんが亡くなった時の事でした。
火葬場に、運ぶ前最後のお別れをしなさいと言われたので
無邪気な自分は、何も知らずに棺おけの中を覗き込みました。

ぎょっとしました!
顔中、目鼻口耳に至るまで全ての箇所から血がにじみ出ていました。
当時、頭には三角頭巾の白装束でしたので、まるで私には幽霊に見えました。
今でも、そのときの事はハッキリと思い出せます。

その衝撃の凄さゆえ、直後から、一人でトイレに行けなくなりました。
トイレの窓から、人が出てきそうな気がしたり
背後に誰かいるような気がしたり
常に、暗い場所に一人でいるときには、この空想が思い起こされました。

この空想が走るときは、いつも、悪寒が走り、沢山の悪いイメージが
頭の中を、いくつも通り過ぎるのです。

とりあえず、幾年かの年月を経て、その子とは忘れられたかのように
私は過ごしてきました。


この空想が入るとき、何十年もの間、ただ、ひたすら、自分の怖いものとだけと
捉え、過去に目を向ける事はなかったように感じています。


その事を呼び覚ましてくれたのが、家族の心の問題であり
家族の死でもありました。

平成八年、生まれて、一月、なぜか子供の様態が急変し、
亡くなってしまいました。。。

私の子供が、死ぬはずも無いと。
そのような不幸が、自分に降りかかるはずはない
そのように思い込んで生きてきた私には、とてつもない衝撃でした。


私は、生まれて初めて、頬が痛くなるほど泣きまくりました。
泣いても、泣いても、涙がこぼれてくる。
どうしても止まらない、涙に不幸におぼれる自分を出し尽くしていたのかもしれません。

しかし、一方では、死んだ子供のなきがらを見て恐怖におびえる自分の姿もありました。
数時間ごとに変わってゆく子供のなきがらを、過敏に反応し
その事に気づく自分の愚かさを呪い憎しみ恥じようとした事もあります。

自分の子供の亡骸を見て怖いなど・・・本当に最低です。

数ヶ月たってもその思いは消えることなく、子供の頃と同じように
暗い場所に行くと、同じ恐怖感に包まれました。

幸いな事は、当時、私は家族のトラウマを背負っていました。
だからこそ、いつも、トラウマについて考え続け、自分のトラウマとは何なのか?
そのような事を常に突きつけられていたのです。

そして、一番初めに思いついたのがおじいちゃんの死のトラウマだったように思えます。

愛するものの死・・・そして・・・

無残な現実の姿は・・・

その恐怖を覚える私の中の罪悪と封印しようとした時間の長さに

重ね合わせる事で・・・・・

家族のトラウマを、理解しようとしたのかもしれません。

私は、自分自身の 本能的トラウマを知る前に・・・

家族によるトラウマを知る事で、自分のトラウマを乗り越える事が出来ました。

今は、その偶然に感謝するばかりです。



愛は受容(普通である事)、憎悪は拒絶(特別な事態)・・・・
その葛藤の中で生まれる摩擦がトラウマを生み出しているのかもしれません。


これから、トラウマについてもっと深く書いてみたいと思っています。


ただ、私から言えることは・・

トラウマを難しく考えれば、難しくなる・・・

トラウマの重さは、重かろうと、軽かろうと、

どこかで、繋がっているということだけは間違いないと思います。

トラウマを重く考えれば考えるほど壁は高くなり・・・・

乗り越える事は難しくなります。



心の壁は自分が作り出しているのですから・・・

その壁を、低く見せる事が出来る人こそ、

優秀なカウンセラーの条件なのかもしれません。


今回は、自分のトラウマについて書いてみましたが、

次回は、慢性ショックによるトラウマについて書いてみたいと思います。


もし、読まれた方の中で、自分のトラウマについて
知りたいと思われる方がおられましたら・・
いつでも、コメントしてください。


きんたろう




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