幼児虐待

2000年ぐらいに書いたものを、そのままアップしてみます。
HPでは、人目につくこともありませんので・・
下手な文章ですが(笑



最近良く聞く話しだが 毎日ニュースを賑わせている 小さな子供達の悲惨な話

しかし このニュ- スを聞く大人達の意見と言えば

「何を考えているのか!この母親は!」とか 「可愛そうに 私達にはこんな事思ったこともない」

「最近の若者は恐いね~ 何をするか分からないよ まったく!」
など

そんな話しを良く聞く この事は 他の話しでも良く聞く 少年犯罪や援助交際など

どのの話しを聞いても みんな同じ事を言っているように聞こえる

これが世間の常識だろう・・・・ これが当たり前なのだ・・・・

絶対あってはならないことなのだが ほとんど毎日ニュースで流れているということも事実です

このような方々が 身近にたくさんいるという現実をどう捉えるのかというのが

私の今一番考えていることだと思います。



このように毎日の様に この話しが取り沙汰されるということは

ごく普通の人達がごく普通の生活の中で 行われているという認識が必要になってきます。



自分の生活を考えると 自分がイライラしている時目の前に小さな子供がいたとします

子供をなにも悪いことをしていないのに 早く勉強しなさいとか 早く寝なさいとか

激しい口調で叱ったりしている事でさえ なんで自分がこんなに叱っているのか

自己嫌悪に落ちいってしまう   なぜか腹立たしくなって子供を叱った事

その事を 自分の中の意識から消し去って 自分の家庭の中で考えないようにしていては

このようなニュースは 今後ますます増えてゆく事は 考えなくてもわかるはずです

多分今現在 自分の子供を虐待している人でさえ 自分か凶器のようになる事を 

恐れ 抑えきれずに 苦しんでいる事でしょう 


その凶器のような自分 の凶器の部分を 解明しなければ虐待は終わりなき戦いとなる

虐待の その残虐性だけを取り上げても 何ら解決する事はない

人は 追い詰められた時 激しい残虐性を持つ それは優しい人でも変わりなでしょう

 

クラスでみんなにしかとされ 誰もしゃべってくれない そんな毎日を送るしかない

人がいたとします 毎日針のムシロのような生活を余儀なくされ 

自分の力では その環境を変えることが出来ない 学校に行かないのも親に心配させる

板ばさみに苦しみ 追い詰められ もうどうしようもないと悲観する

そんな時 シカトする連中の中の 主犯格の奴さえいなければ 何もかもうまく行く

あいつさえいなければ・・・・・ あいつさえいなければ・・・・ あいつが死ねば・・・

など考えてしまいます。


 そんな風に思った事はありませんか?

殺してしまえば どうなるかぐらい 普通の知識があれば誰でもわかるはずです。



こんな逃れられない環境の中 生活しているとすれば どんな方向に人の心が向いてゆくのか

経験のある人ならわかるはずです。


 たいていの子供達は 追い詰められて

自殺していますが この気持ちが相手に対する 激しい憎悪に入れ替わってしまえば

激しい残虐性にさいなまれる事になるでしょう。。


この虐待とは何の関係もない話しのようですが 人間の動物的生き方として考えると

どの行動も 意外に共通している事に気付く事になると思います。

 

現代では 命の危険を感じて生活している人は 

まず・・・・ いない・・・・

しかし 動物的に考えると 人間というのは常に危険を感じて生きていると考えれば

行動心理と言う事柄は 意外と理解しやすいことだと思う

動物的に考えれば 動物は 外敵から身を守るために色々な行動を取っている

”身を守る行動” ということを 虐待した親と考えてみると

その虐待をされている子供の行動事態が 虐待している親にとって 非常に危険なことである と

感じている(外敵がちかずいているような感覚)のだとすれば この親の行動は 理解されることだろう
 

(あくまでもこの親の取った行動が許されるわけではないのだが・・・・・・)


例えば 20才にもなって 今だ一人の彼女もいない 男性がいたとします

同じ世代の友達同士集まれば 当然話しは そんな事に集中してきます

しかし そんな事にコンプレックスを持つている人は その話をする前から

その事に危険を感じて 話題をそちらの方にもって行かないようにしたり 

そんな話が始まると 思いついたような大声で話題を変えてみたりするものです



常に人間は 危険を素早く察知して それに対処していると考えれば

直接その部分に攻撃してくる 言葉には反撃を加えることも多々あるはずです

一見すれば 逆切れ状態の様に思われる行動でさえ 

深く考えれば 自分の身を守っている行動なのです

登校拒否している子供や 引きこもっている人など 身を守る行動だと考えれば 説明がつくはずです 

もし登校拒否している子供が 学校に行き続ければ

登校拒否の原因になっているものに対して 攻撃をしなくてはならない 

攻撃をするということ すなわち激しい感情が覚醒します

その感情の覚醒を 環境と理性が押さえるため 登校拒否という行動に走ります

爆発できない気持ちを抑えながら 家の中に閉じこもり 人と関わりを持たないで

過ごさなければならない訳ですから 子供達は非常に無力感に襲われるはずです

学校で受けた 他者からの攻撃を受け 自分の身を守り 攻撃もきない辛さのハザマで

葛藤しながら 自分を追い詰めることで 生きる事をやっと支えることができているのです

”こんなつらいことを我慢してるんだよ!” といわんばかりに・・・・・・

 

なぜテーマが 幼児虐待なのに 他の事ばかり書いているのか不思議な方も多いでしょうが

私にしてみれば 精神の歪んだ感情という物は どのテーマにしても類似していて

危険を感じれば 色々な行動で表現するので みんな別の事の様に感じてしまっているだけなのです

子供の泣き声が ナイフを持った暴漢に映っているとしたら 虐待する人のことは理解できます

子供がいう事を聞かないことさえ 自分が子供の頃 恐怖を思い起こせる事であったとしたら

と考えたら理解できるのです。


しかし こんな事を書いたとしても 誰もが 私の考えについて 

理解してもらえるとは思ってはいません。




ただ言えることは 誰の中にもそんな心は存在すると言うことだけです 

その支配する恐怖を 一つ一つ思い出さなければならないのです

そんな自分と戦わなければならないのです しかし 1人で戦ってはならないことも

知っておかなければならない事の一つです

無責任な事を書きましたが 自分の心と戦うという事の重みだけは知っているつもりです。


きんたろう



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力任せ【自分を誤魔化す】

自分の心を、よく病名や思想や、宗教、武道的なことで誤魔化す
それらのことは、そのとき、その人にとって必要なことだと考えています。

もし、光があるのならば、どんな小さな光であれ、
その方向に行きたい、光を見出したい
そう感じるのが人の心だと思います。



ただ、それらを盾にして自分の心を見ないようにすることが
どこまで行っても解決しない 心をつくっているのではないでしょうか・・


他の大きな力に頼り、自分を見ないようにしている姿こそ
力任せという姿・・・
自分を誤魔化している姿なのかもしれません。


現在、沢山の心の病名がありますが
その大きな固有名詞にを盾に、自分を回復する力を見失っているのであれば
自分が、盾を使い心を逃していないのか
考える必要があるのではないでしょうか?


もし、あなたの頭の片隅に、この言葉たちが残っているとするなら
もう一度考えてみて欲しいのです。

自分がどうなりたいのかということを・・・・

自分を奮い立たせるために行き着いた知識や理論を
認識してもらうために、必要としてきたものなのか?
ということを・・・

自分が変わりたいから、という原点をもう一度思い起こして欲しいのです。






メンタルサイトの方々と接していると

いつも思うことがあります。

回復に近づけば、近づくほど、その時、その方たちは

かなりの勉強をされ、知識は誰よりも豊富だと感じてきました。

もちろん、私は、その知識には対抗する力さえも持ち合わせておりません。

しかし、その知識の差に引け目を感じないことが出来るのは

その人たちが持ち合わせる知識や理論という盾を

見抜き、見守ることが出来るからだと感じています。




自分の心を守るのは、、

盾(知識・理論・思想・宗教・武道)ではないからです。

どんなに、その事が長い間、自分を守ってくれたとしても

所詮、人から借りてきたものでしかありません。。。

自分を守ってきた、その盾を、、



自ら降ろすこと・・・



自ら降ろす。。

それが大切なのだと思います。

これまで守ってくれた盾に感謝し手放すことが本当の目的なのかも知れません。

心と心の関係に、盾は必要はありません。

力任せに人に盾を突きつけている自分に気づくことが

最後に、あなたに課せられた運命なのではないでしょうか?





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沈黙の使い方4【閉じ込めてきた心を知る】

沈黙の使い方とは、何でしょう?
多分、これを読めば分かると思います。
一生懸命読んでくれる人のために、恩返しのつもりです。



子供や相手に対して、沈黙を使い回復を目指そうと思うなら
まず、自分が沈黙してきた事【閉じ込めている心】に気づかなければ
他者に対して、沈黙を使う事は難しいと考えています。

しかし、自分の沈黙に気づく為には、かなりの痛みが伴います。当然、心の傷と比例していますので傷が深ければ深いほど痛みは
大きいものとなる事だろうと感じています。

痛みを伴うからこそ、自らの力で気づいてゆくのが
最も痛みを伴わない方法だと考えています



※1、しかし、自分の沈黙は、ひとりでは気づきにくいものです。
だからこそ、問題を抱える親御さんたちは、問題を抱える親同士の
コミュニティのなかで、互いの違和感を刺激しあい
相手の沈黙に気づいたり、ハッとしたりした時に、
自分の改善しなければならない部分に気づくわけですが・・
その時、痛みが最小限にとどめられている
事に気づく人は中々居ません。

心の問題を抱える人たちにもまったく同じことが言えますが・・
心の問題を抱える人たちは、傷が深い為に些細な事でも激痛が先に来る為に
中々先に進めず、時間がかかるわけです。

※1、上の段が親、下の段※2、が子供と考えると不登校の問題に例えて見ると分かりやすいです。

これまで、痛みを伴わず自分の沈黙に気づいた経験を
意識できれば、このテーマである沈黙の使い方の意味の
大概の部分を得る事になるだろうと考えています。



子供の問題を抱える親は、子供の問題を通しながら自分の問題に気づかされる
そして、親が自らの問題に気づくとき子供は改善されてゆく・・・
その時、幾度もの心地よい気づきの経験をされている事だろうと思います。



それは、これまで多くの人たちと交流し、それぞれの沈黙が鏡のように
自分の沈黙を映し出してくれたからこそだと思うのです。



その、たった一つの事に気づくことが沈黙に気づくという始まりとなります。もし、この文章を読んで気づいた人がいるのであれば、
まずは、そのことについて書いてみることです。

書くことによって、ぼんやりしていたものがハッキリとしてきます。

もし、自分の中に鏡を手にすることが出来たなら・・・
あなたは、他者の、鏡に(沈黙)なることができるかも知れませんん。

そして、それは、子供の問題を解決する鏡(子供の沈黙)かもしれないのです。




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