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暴れる子供【家庭内暴力】

長い、長い 沈黙破り、やっとの思いで声をあげた・・・・
その言葉は、怒り、悲しみ、嘆き、恨み、憎しみ
それら全てを凝縮くした 罵声となり 狭い部屋の中を嵐のように飛び交う
手の着けられない暴風雨のように 目の前を遮り先を見る事も出来ない。
覚悟を決め その嵐を黙って見据え待つしかない。。。。



子供が暴れ始めるという事は、親の意図するまま 憤慨した心を抑え
愛情を受ける為に 長い、長い、沈黙※1を強いられ
持ちきれない状態※2になった時、我に返り、自立不可能な※3自分に気づかされ
その圧倒的な現実※4に、責任を追及※5する叫び声なのではないだろうか?
 
※1、やりたい事・言いたい事・思っている事を心の内に秘め続けた事・我慢
※2、親の意に沿う事が出来ない、期待に答えられない、親に怯える自分が許せない
※3、社会の中で、自分の環境が作れない 孤立する、自分の気持ちが分からない
   判断がつかない 表現力がない 総称して、自分の自立する力のなさを感じる
※4、自立心を根こそぎ奪われ無力な自分と対面した空虚な心
※5、本能的に向けられる家庭への責任追及・ここまで放置してきた事への復讐



どのような経緯にあろうとも、一旦 暴れだした子供を止める事は
かなりのエネルギーと覚悟がいることだけは間違いないだろう。

このような子供たちを、どうやったら救えるのか 親として何をすればよいのか。
私の経験や、知識の中で書いてみる事にした。

まず、子供が暴れだした時 親が一番してはならない事・・・・それは、子供を恐怖の対象物としてみてはならないという事です。
確かに暴れだした子供は、手を着けられないし 何をするか分からない
その様を見れば、恐ろしさを感じる事は間違いないだろうと思います。

しかし、子供にしてみれば、暖かい眼差しを受けるべきはずである
自分を見つめる親の目は 化け物でも見ているかのような目に失望し絶望するのです 
そして、そんな化け物のような自分の姿は 自分を追い込み 自分を嫌悪し 
自己嫌悪が凄まじいエネルギーの恨みや憎しみに変わるのです。
その事を、なるべく最小限に抑えるためにも 親は、子供のどのような行動にも
驚かず、怖がらず、覚悟を持って子供の事を見据え
なければなりません。

親は、覚悟を決め どんな言動をしても 子供から目線を逸らしてはならない
真剣に向き合う姿勢を 淡々と示さなければならないのです。

子供にしてみれば、自分にとって最も恐れている親に対して暴言を吐くのです
逆に、暴れている最中の子供は 最も恐怖感に苛まれる※ているのかもしれません
怖いから暴れているという事を まず、知らなければならないと思います。
そして、恐怖から憎悪に変わる前の段階で 親としての向き合う姿勢を見せるのです。

※虐げられていた貧民が クーデターを起こせば その立場の危うさゆえ
支配者の力尽きるところを見るまでは安心する事は出来ないかと思います。



次に・・
親双方の覚悟が出来ていれば 次のような事は起こりにくいと思いますが・・・
責任の転嫁を 双方で(家族全体で)してはならないという事です。
暴れる子供の家庭は その家庭の偏りからくる事が多いのではないかと考えています例えば、過干渉・過保護の母親がいて、父親の介入は拒まれ 自分の意思とは無関係に 
最終的決定は母親の意図通り
になってしまうような状態であったり
逆に、父親の横暴な決定に家族全体が従わなければ酷い目にあい、
息の詰まるような家庭環境だったりするのではないでしょうか?
他にも 家族の誰かに(兄弟)親の気持ちが集中していたり 
その人を中心に 生活の主導が行われたりして、他の者には目も向けられないなど・・

どちらにしても、自分の愛する家族の偏った感覚に長年つき合わされ
「もう、!うんざり」なのではないでしょうか?
初めから、家族が嫌いで生まれてくる子供などいなのですから・・・・

そして、自分が暴れた事により 家族同士の責任の転嫁(なすり合い)が起これば火に油を注ぐようなものです。家族の偏りに我慢し続けてきたのですから
当然、暴れる理由を作り、言動(怒り)をエスカレートさせる事は間違いないでしょう。
この事も、早い段階で認識して 深刻な状態になる事を避けなければなりません。

他にも、親同士で動揺して目配せをしたり 怒鳴りつけたり 頭を抱えたり 
泣き出したりする事
は避けなければなりません。
これまで、親の意に沿わなければ、上のような行動をとって無理やりそぐわせてきたのです
これらも、もう!うんざりなので、いきなり怒り狂う可能性が高いです。


それと同時に、親のリアクションの段階において
子供本人の深刻な状況を本能的に感じ取り ショックを受けてしまうからです。
その段階において、自分がどれだけ取り返しのつかない状況にいるのかを
把握してしまうという事です。


つまり、もう戻れないかも知れないという失望感を段階によって抱くわけです。もう戻れないかもしれないという事は 何故この様な事になったのかという疑問をもたらし
”なぜ!”という原因追求が 怒りの矛先を定め増幅しようとするからです。
そして、暴れ狂う事により 原因の責任者を無意識にあぶり出し 
無意識に罪を償わせるかのごとく暴れ 分かったか?と言わんばかりに試されるのです。


分かったか?と言わんばかりに試される。この意味をどう捉えますか?
子供が暴れる最中、やり取りの中で 突然怒りが再爆発する事がたびたびあるはずです。
つまり、そこに核心があるということです。
やり取りの中で、怒りが再燃するという事は「何にもわかっちゃいねーじゃねーか!」言う事を訴えて暴れるわけです、暴れて わかりやがれ!とゼスチャーしているのです。
子供本人も、長い間我慢して黙っていたわけですから なんに怒っているか分からなくてただ入って来た言葉やリアクションが我慢ならなくて暴れるわけです。
親が、何に怒って暴れているかなど判るはずもありません。


親の我慢ならないリアクションに怒りながらも ※1やはりそうだったのかという
確認を深め ※2自分の怒りを肯定し 原因の確信犯を探しているのです。この無意識に行われる 試されるという分かりにくいメカニズムを知らなければなりません

※1、俺がこんなになってもまた前と同じ事してるよ 期待どうりのリアクション
※2、こんなに我慢してきたんだから こいつら酷い目にあわせていいんだ 恨んでも良い



最初に、暴れ始めた子供から目を逸らしてはならないという事書きましたが。
これにはもうひとつ理由があります。
暴れている最中の子供は あまり親と目を合わせようとはしません。
目を逸らさず覚悟を持って見つめれば分かるはずだと思います。
子供自身 悪い事をしているという引け目もあるかもしれませんが
親の目を見てしまうと 以前の状態に取り込まれるようで怖いのです。
目を合わせようとはしませんが 雰囲気は感じているはずなのです。
その雰囲気を読んで 怒りを爆発させるわけですが 親が怯えたりすると
その事に着け込むかのように怒りをエスカレートさせ暴走させてしまいます。
怯えている親の姿は、自分の姿なのです・・・・

怯えている親の姿に自分の姿を垣間見、自分がどんなに怯えていたかを思い知らせるどんな雰囲気でも本能的に読み取り 思い知らせる・・思い知らせたい・・・
親が少しでも他の事を考えれば雰囲気を読み取り 暴れる事で 全てを禁じる親は、このピリピリとした一発触発の雰囲気に身動きも出来なくなります。そして、これは、今 動いてはならないという事を示します。
唯一有効なのは、子供のことを全て受け止めるという覚悟の沈黙の視線のみなのです。覚悟を決めれば冷静になれるはずです、視線をはずさず詳細に子供の行動を観察し
子供が訴えたい事をと感じなければならない罪
があるのだと思ってください。


暴れる事で全てを禁じるという事を もう一度考えてみたいと思います。
怖がってはいけない、なすり合いもダメ、頭を抱える事も泣く事も許されない・・雰囲気を察せば暴れ始めるのですから・・・・
これは、一体何なのでしょう? 何かに似ていないでしょうか?

これらは、子供がこれまで親から支配され沈黙させられ我慢してきた事なのです。
つまり、子供自身の感情開放を禁じられてきた事なのです。
子供がこれまで虐げたれてきた事を 怒る事によって※再演しているわけです。

※自分の自由な感情開放を妨げてきた状態を怒る事によって親に同じ状態を訴え味あわす。

例えば、怒りを出し尽くしてゆけば段々子供も落ち着いてきます。
落ち着けば怒りの結論として、何か訴えたい事に気づき言動を起こすはずです
その時に 安堵した親が遮り(諭す・理由を聞く)を入れれば 怒りは再燃します。
怒る事によってやっと沸いてきた本当の感情開放を また、前のように遮られる。それらを封じ込め分からせるには、また、怒り狂い暴れるしかないのです。

つまり、子供が怒りを表す時、そこに虐げられてきた感情の核心があるということで
怒り狂う事によって 身動きの出来ない状態(自分と同じ状態)を作り
その状態を作る事により自分の気持ちを分からせたい 気づいてもらいたいと
無意識に体で表現しているのです。
この時、同時状況で、遮った事により 自分が怒り狂う理由付けも行われ
俺はこいつらのせいで怒りくるっているんだという確信を深め 回を増すごとに
怒りをエスカレートさせるという事実をしっかり把握
しておかなければなりません。
怒るたびに、戻れない自分を思い知らされ 失望が絶望となった時
エスカレートした怒りは いつしか 憎悪の塊となるのです。


このように、いくつかの心の心の流れが同時に起こっているのでとても難しいのですが
子供たちは、心の片隅に 親が救ってくれるのではないか?改善されるのではないか?というわずかな期待を心の光として やっとの思いで支えているのです。そのわずかな光を 私たち親は 探し出してあげなければならないのです。

子供たちには、子供たちの 心のプロセスがあるのです。
急に壊れることなんてありえるはずは無いのです。。
まず、暴れる子供たちのプロセスを知り その事を、本心で認めてあげることが
大事なことではないでしょうか?


わがこが不登校になった日

わが子が不登校になった日
きんたろう監修⬆︎

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子供による家庭内暴力




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