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滅びの言葉【バルス】

※依然一度アップしてちょっとまずい事がありまして、引っ込めた記事です。


天空の城ラピュタ を見た人は多いかと思います。

邪悪なムスカとのシータの会話、憶えている方も多いいでしょうね。

この言葉、一言で終わってしまうんだ。。解決してしまうんだという

爽快感!!唱えてははいけない一言の切なさ・・・

それは、誰の心にもあるからこそ、人を引き付けてしまいます。



心の問題を抱える家族の中では、このような会話が日常です。

実は、人格を滅ぼす言動など、日常茶飯事なのです。

「バルス!」「バルス!!」「バルス !!!!!!」

まるで、ムスカがシータに詰め寄るときのよう

俺を 私を、憎め蔑めといわんばかりに・・・




バルスを唱えさせるため、永遠と続く滅びの言葉たち・・・・・・

「バルス!」・・・

同じ気持ちを味合わせる言葉・・・「バルス」
私は、「バルス」を唱えることを拒み続けてきました。

私は、「バルス・滅びの言葉」を知っています。




映画では、悪という名において「バルス」という呪文を唱え

悪を切り捨て、気持ちいい感覚に浸れるかもしれませんが・・・

実際は、そうはいかない・・のです・・・

私は、自分の良心に沿って、自分以外の悪心(執着)

バルス!と唱えるわけにはいきませんでした。


バルスは、相手を滅ぼす言葉であり。。。

自分を滅ぼす言葉であるのです・・・

パズーとシータが一緒に唱えるからこそ

滅びの言葉という絶望に光が生まれたのではないでしょうか・・・・


滅びの言葉は、独りよがりで唱えてはならない・・・




たかが、語尾、ひとつのトーンでさえ人の人格を徹底的に傷つけることが出来る
そこに、悪意が込められているなら、
言葉で人の心を殺せる力を持つのだと思います。

たった一つの、思想にとらわれ、滅びの言葉を使う正当性の元に
罪悪を麻痺させているいのであるならば、
思想に感情を奪われ 今を過ごしているのではないでしょうか?

一緒に過ごす家族は、そのトゲを・・・見守り・・・
その事を、言えずに・・・
辛い想いで、過ごしていたりします。



きんたろう

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幸せな人には気付く力がある【婦人公論】

これは、今週号、婦人公論の見出しの一番大きい文字の題目です。

私は、婦人公論の目次をよくチェックしているのですが・・・

実は、この婦人公論の目次・・・

あまり好きではありません。

なぜかというと、世の中の女性の都合の悪い事を鋭い感覚でリサーチし

そこを逆手に取ったように、読者の罪悪感を払拭させるようなキャッチコピーとして

目次に使われている事が多いように思うからです。

目次に興味があるという事は、読者当人が困っていたり悩んでいたりするからこそ

目を引き購読しようという考えになるのだと思います。

目次に対して、その記事事態に説得力があればあるほど・・・・
自分にとって、楽な方向性を記すものであればあるほど。。。。
その記事から得た知識への思い込みは強くなります。

つまり、目次の中に不満や困っている事と、それを肯定するキーワードが
入っており、注目と誘導という役割を果たしています。
本来、本を売るためにこれらの手法が使われてきたのでしょうが・・
読んだときに、読者の肯定感がより得られなければ
次、読んで貰えない事から逆転現象が起こったのではないかと思うのです。

本を読んでいる貴方の心を読んで、企画を立てているとすれば
自分の心に躍らされないようにしたいものです。

都合の良いものを読者が好むなら
編集者も、読者の好むものを、目を引くものを創ってくるのではないでしょうか?

もし、今度、婦人公論の目次を見たとき
自分が、その目次の何に惹かれどのような答えを求めているのかという事を
考えながら見てみると楽しいかもしれませんよ♪

幸せな人には気付く力がある

タイトルを眺めながら、読者が求めているものが
本物を求め初めているのではないかと感じたのでした。

もうすぐ 家庭を裁判所と考えてみると が書きあがりそうです

きんたろう




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一生懸命【なぜ一生懸命しなければならないのか?】

子供たちに、「一生懸命やればいい♪」 最近の大人はそんなことをつぶやきます。

では、一生懸命とは何でしょうか?

私は、この言葉に不思議な感覚を抱きます。


私は、「一生懸命やればいい」 この気休めめいた言葉に
必死さというものを感じないのです。


一生懸命には、この必死さというものが欠かせないのではないかと
そう感じるます。

つまり、余力を持った上で一生懸命であればいいと言っているようなものではないでしょうか?

私は、のこぎりを持つことも、鉈を持つことも許されていました。
木を切ることさえ、咎められる事はありませんでした。
だからこそ、自分の切りたい木を切り、自分の好きな加工を施してきました。



時には、ゴルフクラブを作ったり、刀を作ったりありとあらゆる加工をしました。


自由だったからこそ、一生懸命木を切り工夫を施し
自分の思う、本物に近いものを探求することを望んだのだと思います。


私は、そのとき一生懸命でした。。


その工夫の中で、本物に近づけたい。。

失敗を、何度も繰り返す中、失敗の意味を知り悔しい思いに駆られ

その努力の中で得た 一生懸命を大切にしたいと思っています。



もし、一生懸命という言葉の意味を誰かに伝えるとしたのなら・・・

自分のイメージに向かい努力すること・・

その努力の失敗を踏み越えてゆこうとする姿・・・



失敗する工程の中に自分への思い入れ感じるまでやりとおす事・・・

思い入れを感じ、もう一度、その感覚を再現したいと思う・・・

もう一度、同じ感覚を得たいと思うからこそ・・

その心地よい感覚を、自分の中に見出そうとし。。

誰かに伝えたいと、、、思うのです。



そう、感じることが出来る事で、

初めて、一生懸命という意味が理解できるのかもしれません。

私たち、大人は、苦悩しながら一生懸命を手に入れてきました。。

その気持ちを伝えたいがあまりに、

安易に、子供たちに言葉だけの一生懸命を伝えようとしているのではないでしょうか?

思い返してみましょう。

私たちが、一生懸命を手に入れた昨日の事を・・・

初めて作った目玉焼き

初めてむいたりんご

初めて登った木

それらが、どんなに不恰好であったにせよ

達成した気持ちは、達成した私たちだけが知る輝きなのです。

その不恰好さを忘れては、一生懸命は伝えられないのではないでしょうか?

不恰好な自分を認め、伝えるために・・・

人を待ち許す。

それが心を開くという事なのではないでしょうか?



子供の頃の、一生懸命はかけがえのない宝です。

私たち大人がせっかく得てきた一生懸命を

苦労や苦痛として子供たちに伝えれば(保護すれば)

互いの輝きを奪い合うだけの平行した関係になってしまいます。



※現代の、若い人や子供たちが苦労話を聞きたがらない理由がここにある


三歳には、三歳の一生懸命があります。

七歳には、七歳の一生懸命があります。

中学生には、中学生の一生懸命があり


色々な時期の、一生懸命を経験しながら

今の、自分があります。

その経験を持って、子供たちをを制するのが・・・

一生懸命を知るものの役目ではないはずです。


一生懸命は、その時どんなに辛くても苦しくても

そのがむしゃらだった自分の中に輝きがあったからこそ・・・・

数多くの失敗があったからこそ胸に宿るのではないでしょうか?

一生懸命は、誰の手にも宿るものではありません。

その人本人が、やればやるほど手にする力だからこそ

一生懸命なのではないでしょうか?

その事が、どんなに、完璧ではなくても満足するものであれば・・・

自分にとっての完璧と、一生懸命な姿は違うのです・・・

同じ全力でも、違うのです。

自分の(親の)成功したものの積み重ねと

一生懸命は、違うのだということを知らなければばなりません。

その成功は、これまで成し遂げてきた一生懸命のひとつの結果であることを

思い出す必要があるのではないでしょうか?

歴史は、それぞれの一生懸命を見守ってきました。

しかし、現代、急速に一生懸命を見守る力を失うと同時に、

子供たちは人としての、心を失うことになっているのではないでしょうか?

一生懸命を考えれば考えるほど・・・

私たちは、自分の懸命さを考え、その意味の深さを考えることになるでしょう。

どんなに理由が不純であろうと、なかろうと・・

がむしゃらに、心も体も打ち込んだ日々は

私たちの記憶の中に刻まれているのです。

どんなに大人になり不要なことだったと痛感させられても

後悔したとしても・・・

そんな自分が、今までの自分を支えてくれているのです。

そして、これからの自分を支える

魂の充電なのかもしれません・・・・・

一生懸命は、未来への充電・・・・

一生懸命は、自分を思い起こす力

その使い切った中に、人への想いを感じ

人を受け止める力を持つ事になるののです。

自分の一生懸命と、人の一生懸命と重なった時

自分の一生懸命を、本当に思い出せるのかもしれません。

その姿を思い返し・・・・・

相手の一生懸命を・・・

区別することが出来る人こそ、一生懸命を知る人なのかもしれません。

きんたろう




ドラマで、感動をより大きく伝える為に

走るシーンが多いのは、がむしゃらさを感じさせる為ではないでしょうか。


なりふりかまわないその姿こそ、人の心を打つ

一生懸命という言葉を表しているのかも知れません。

なぜ、一生懸命やらなければなど、

誰にも分かるはずもありませんが・・・

誰の心にも、必要だからではないでしょうか?

きんたろう




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力任せ【自分を誤魔化す】

自分の心を、よく病名や思想や、宗教、武道的なことで誤魔化す
それらのことは、そのとき、その人にとって必要なことだと考えています。

もし、光があるのならば、どんな小さな光であれ、
その方向に行きたい、光を見出したい
そう感じるのが人の心だと思います。



ただ、それらを盾にして自分の心を見ないようにすることが
どこまで行っても解決しない 心をつくっているのではないでしょうか・・


他の大きな力に頼り、自分を見ないようにしている姿こそ
力任せという姿・・・
自分を誤魔化している姿なのかもしれません。


現在、沢山の心の病名がありますが
その大きな固有名詞にを盾に、自分を回復する力を見失っているのであれば
自分が、盾を使い心を逃していないのか
考える必要があるのではないでしょうか?


もし、あなたの頭の片隅に、この言葉たちが残っているとするなら
もう一度考えてみて欲しいのです。

自分がどうなりたいのかということを・・・・

自分を奮い立たせるために行き着いた知識や理論を
認識してもらうために、必要としてきたものなのか?
ということを・・・

自分が変わりたいから、という原点をもう一度思い起こして欲しいのです。






メンタルサイトの方々と接していると

いつも思うことがあります。

回復に近づけば、近づくほど、その時、その方たちは

かなりの勉強をされ、知識は誰よりも豊富だと感じてきました。

もちろん、私は、その知識には対抗する力さえも持ち合わせておりません。

しかし、その知識の差に引け目を感じないことが出来るのは

その人たちが持ち合わせる知識や理論という盾を

見抜き、見守ることが出来るからだと感じています。




自分の心を守るのは、、

盾(知識・理論・思想・宗教・武道)ではないからです。

どんなに、その事が長い間、自分を守ってくれたとしても

所詮、人から借りてきたものでしかありません。。。

自分を守ってきた、その盾を、、



自ら降ろすこと・・・



自ら降ろす。。

それが大切なのだと思います。

これまで守ってくれた盾に感謝し手放すことが本当の目的なのかも知れません。

心と心の関係に、盾は必要はありません。

力任せに人に盾を突きつけている自分に気づくことが

最後に、あなたに課せられた運命なのではないでしょうか?





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文章で自分の心を振り返る理由【家族の問題を解決する為に】

先日、「空気読めよ!」という記事を書きましたが。
私も、空気が読めないときもありますし、誰しも雰囲気を読めない事が
その場によってはあるかと思います。

そして、場の空気を読めなかった事は、指摘されるまでなかなか気づかないものです。

自分が、空気読めた場合は、得意げだったり、空気読めない人を
目配せをしたり、ため息をついたり 哀れんだり平気で出来たりします。

一方、空気が読めなかった場合は、いつまでも気づかないで排除されるか
間接的に指摘されて大変傷ついたりし、空気を読む事に囚われ
自分の考え方を見失ってゆく事になります。

互いが、互いの空気を読み合い、牽制しあっていれば
立場を優位にする事や、人の意に沿っているか という事ばかりに気をとられ
自分というものを見失っていくのではないでしょうか?

空気を読む事と、人に対する気遣いは違うのです

一旦、その枠をはずして、物事を考える必要があるのではないかと感じています。

そして、この空気読めよという風潮は
放送や雑誌などの思考の強い影響がエスカレートした形なのではないかと思うのです。


 

これらの事は、学者や本、著名な人々を通し色々な形で影響を受け

正しい知識や常識的なものかのように思考を固められてしまい、

自分本来の考え方や、判断の仕方さえ忙殺される事もあるのです。 


影響に乗っかる形で利益を得る企業の計算による思惑だったり

強いては、一部のグループのリーダーの意のままに、自分の意思を振りほどく事に

なって言ったのかもしれません・・・ 



自分の意思とは反発し、意に沿うことで 自らの意思のなさという不安を

思惑(おもわく)に 託すことによって、

人間関係や家族の問題や子供の問題を委ねてしまった結果、今があります。 


私たち大人の影響を受けて、現在、子供の人間関係を 作っていると考えれば

面白いものが見えてくるかもしれません。



人間が楽したいと思えば思うほど・・・それらの思惑は増え・・・

共感するもの(都合の良いものを書き)が受け入れられ、・・

楽をしたほど、尊厳は失われ、自分にとっての尊厳を求める人が増える・・・・

そして、尊厳を埋めるために思想を求める・・・・

この相対した思惑に乗っかったままでは自分を振り返る事はおろか

都合の良い解釈をしてしまい、問題悪化を招きかねないのではないかと感じています。




私は、以前、「たまひよ」や「こっこクラブ」を読んでいたのですが 

ここまで、赤ちゃんや幼児を守るための・・・
というか、不快にさせないためのマニュアルが必要なのかと常々に感じていました。
しかし、その頃、その事を言わせないような世の中が出来上がっていたことも
今、思えば、感じることのひとつでもあります。


当時、思ったこと言えば、自分の考える子育ては拒否されてしまう!
そのような風潮さえ、当時~今に至るまで感じてしまう世の中
だったと思います。


私は、流されていました・・・・・  



あまりにも完璧なマニュアルに、意思を伝える事のほうが面倒だったからです。
それどころか、 当時の自分の頭では、その思考についていくのが精一杯で
自分の意思さえ見失っていたというのが事実です。

その事実を、気づくことの難しさが分かるからこそ
自分の心を読むということの大切さを伝えなければならないと感じるのです。
誰でも、気づけるような事なのに、私たちは、気づくどころか
その思考に支配されていることを、知らなければならないのです。

私たちは、日常で、子供たちを叱る時・・叱る行為を
この思考に支配され・・判断して決断しているのではないでしょうか?

だからこそ、現代、家族間の問題が多発しやすい・・
けれど、・・・・
分かりにくい、分かりにくいからこそ、自分に負が無いと考えやすく
都合の良い思惑に、乗っかってしまう・・・

そんな自分を、見据えるためににも、
見ようとしない自分が問題を作っていることを知るためにも
自分の心を読むという作業が必要になるのだと感じています。

一瞬の言動は、振り返るのは大変難しいことだと思います。

だからこそ、自分の書いた文章を振り返る・・

その中に、自分の真意を見出すことこそ

このネットという場所にいる意味なのかもしれません
 


きんたろう




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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

愛とは?【自分の考える愛】

愛ってなんだろうというトラックバックを頂きました。

この難しい質問は、私が問いかけたにもかかわらず

あえて記事として、アップされ、トラックバックまで掛けていただきました。

その、潔い性格に、感服をいたします。



ぽあん歩庵のぽあんさん


これだけ、難しい問題を投げかけ付き合っていただいたのに
私だけが、何も書かずにいるのは大変失礼だと思い、愛について書いてみることにしました。

物怖じせず、持論を書いていただいて本当にありがとうございます。

私も、ぽあんさんの勇気を借りて、自分の、持論を書いてみたいと思います。



スーパーなどで、赤ちゃん連れのお母さんとよく出会います。
その赤ちゃんと、目があってしまうことが良くあるんですけれども・・
思わず、ニッコリとしてしまいます。

目を合わせた瞬間、私は、ニッコリとしてしまうのです。
その赤ちゃんとは、初めてあったにもかかわらず、ニコリとしてしまう。。

私は、何でこんなことをしてしまうのだろうと、考えてしまうのです。
皆さんは、そんなことはありませんか?


私は、赤ちゃんのとき、周りのみんなに
そんな風に覗き込まれていたのではないか?

「私にも 抱かせてよ!」「私も、抱かせてよ!!」

その可憐さは、崩れそうにもろく 抱き上げれば壊れそうな美しい宝石のように
大人たちの目には映っていたのかもしれません。



それは、自分が大切にされてきたわずかな記憶だった人もいるでしょう・・・

変わりなく繋がり、大人になった人もいるでしょう・・・・・

しかし、その隔たりがどんなに深くとも、

人は、その記憶をたどろうとする!



それは、多分、、、、
誰にも変えられない。。。

何の愛情の、欠片も、受けずに・・

今、生きている人などないからだと、

断言できるからです。。



もし、赤ちゃんを見て、ニッコリとしてしまったなら・・

記憶がなくとも、愛を受けたのではないでしょうか?

子供に何かをしてあげようとした延長線上には

何かがある・・・そう、思いませんか?




私たちは、本物の愛を受け取ったとき・・・

それをどうしても伝えたい衝動に駆られるはずです。

赤ちゃんに、ニコッと笑顔を見せた時、本物の愛情を受け取った瞬間を
振り返るのではないでしょうか?

振り返ったそのひと時を、受け入れ・・・

より多くの人たちに、その笑顔(感情)を注ぎ続け・・・注いだ相手から・・
帰ってきた笑顔(感情)こそ、疎通を導き、
愛というものの真の意味を受けることが出来るのではないかと
そう、思っています。

多数を受け入れ、認めることが、内なる個を受け入れ認めることに繋がり
ありのままの自分で、人とぶつかり合える・・・・

そんな、わだかまり無い状態で、相手に伝え本物が見えたとき
それが、愛しく失いたくないものだと感じたなら・・・
愛なのかもしれません・・・・




愛とは?」何なのでしょう?

私にも、よく分かりせんが。

自分なりに考えてみました。


きんたろう

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テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

止まった時間

行き詰った時・・・

人に置いて行かれるような感覚になり

自分だけ時を止めてしまう事があります。

その場所に踏みとどまろうと

一生懸命なんです。

それは、自分の中で何かが違うから?

何かを残してきたから?

でも、それで良いんだと私は思います。

時を止め、

逃げない自分と取っ組み合ってもいいじゃないですか。

自分の時なんですから。。。

今、きっと、必要なひとときなのですよ・・・

未来を見つめるために

きんたろう






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テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

愛情で心を治せるのか?

あるがままの自分でいい・・・」

「もう、自分を許していいんですよ・・」


誰もが、いつか気づく言葉だと思ったんです。

人の心があるなら、誰でにでも、いつかは届く言葉だと考えていました。


想いがあれば・・必ず届くのだと・・・



けれど、何度も粉砕されてしまいました。

残るのは、繰り返される絶望と、極端な気力の消耗です。

心の闇は、素直な想いや愛情を決して受け入れようとはしてくれません。


いつも、素の愛情を求め、同じくらいに憎んでいるからです。




昔、言った言葉があります。

心痛めた知り合いの母親から、強い口調で・・・

「私は、この子を愛情で治してみせる!!」

私は即答しました。

「愛情だけでは治りません!!」

そう言い切ってしまいました。

私は、このようなことを言うつもりはありませんでした・・・

多分、言ってはいけなかったんだと 今は、そう思います。


ただ、ひとつ言える事は、、、

思いやりや愛情など届かない壁があり

その壁を越えるために、想いや情を抑え必死にもがいていたから・・

簡単に、「愛情で治す!」

そんな言葉を口にして欲しくなかったのかもしれません。


今思うことは、

愛情だけでは心の問題は解決しないと自分に気づかせてくれた

あの事とに感謝しながらも・・・

同時に、母親を執着(愛情で治す)させ、

そのことで余計に苦しめた(子)のではないかという

罪悪感はいつまでも持ち続けていたい・・・

愛情で心を治すということを考え続けるためにも・・・・

きんたろう





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テーマ : こころ
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心の痛みは、心の処方箋【不思議な薬】

最近、コメントやメールなど頂き、返事を返さなければならない
機会が増えてきました。
勇気を出して、コメントしていただいた方
本当にありがとうございます。

私も、その事に答えるよう自分の容量いっぱいを使って返事をしたいと思っています。



そのためにいつも考えていることは即効性のある言葉であり(意識を変える言葉)
持続力のある言葉を考える必要がありました。(心を満たす言葉)その事が、しいては沢山の方たちと会話し方向を示せるのではないかと
考えていました。

その事が、苦しみの時間短縮になるのではないかと・・・
心の回復の時間の短縮につながるのではないかと・・・



時間短縮のために必要だったのは、自分を捉える言葉でした。
無意識の中で放つ言葉を、自分自身で捉える。
過去の自分と、今の自分 放った言葉を、その場で繋げる作業です。

しかし、これらことは、心に傷と比例して、捉えた分の衝撃も大きく
段階を踏みながら、本人が気づいてゆかなければ体中にアレルギーを引き起こす
劇薬の言葉にもなりかねませんでした。

逆に、段階を踏んだ言葉であれば、即効性と持続性を兼ね備えた良薬となります。

自分を捉える言葉は、一度に捉えてしまうと、これまでの罪悪感を誤魔化してきた事を
すべて自分の中でさらけ出してしまうような状態
を作ります。

そして、その精神崩壊を防ぐため、心を閉ざすという言動を行います。
(激怒したり、無口になったり、部屋を飛び出たり ひきこもったり)

この極端な浮き沈みを、元に戻そうと本人が努力する力こそ
愛情(受け入れる)作業がもたらしているのではないかと考えています。


心に傷が深い人ほど、この受け入れられた感覚は心地よく何度も味わいたいものであり
同時に失いそうな危ういものであると感じやすいのだと思うのです。

だからこそ、本物であるか、いつも危うくて確かめ続け無かればならない。
そして、受け入れる側は、この確認の執拗さに根負けしてしまうのです。


この作業に、自分が気づき、相手に気づかせることが、本物の心の処方箋なのです
初めは、痛み止め出しかならないかもしれません。
しかし、抗生薬になり 治療薬になる可能性になるのではないでしょうか?

そして、自分を気づき、自分の心を痛め作った処方箋は

例え、どんなに苦くても痛くても、

その事を堪えて飲んでくれるのではないでしょうか?

心の痛みは、意識を変えてくれる力を持っているのです。

乗り越えようともがいている自分の姿・・・

それを、毒薬と思うのか・・・

良薬と思うのか・・・

心の処方箋とは・・

あなたのこころ次第で変わる不思議な薬なのです。

きんたろう






私は、今、心の問題を抱える人たちにとって
都合の悪い記事を、多分書き続けていると思っています。
この記事に 一度、文句(言いたい事を)を書いてみませんか?
くすりの効果が現れるかもしれませんよ





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まず、気づかなければならないこと【心を克服するために必要なこと】

これまで、心の問題を抱える人たちや、家族の問題を抱える人たちと
私は、たくさん交流してきました。

多くの人たちは、長い間苦しみ
たくさんの本を読み漁り、その言葉の光に
希望を見出してきたのだろうと思います。

そして、ここまで辿り着いた・・・
本当に、大変な道のりだったと、その方たちの文章を読んでは
いつも、感心させられる想いです。

しかし、自分の問題や、家族の問題を克服された人の記事を読んでいると
あることに気づかされるのではないかと考えています。

その方たちの記事へのコメントを見ると

「うんうん、なるほどね♪」

「心が晴れた♪」

「凄いですね。私には、考えもつきませんでした。」


など、同調や、服従の言葉を使われていることに気づきませんか?

これらの事は、共感とも意思表示とも異なる言葉になります。

自分で答えを出そうとしない、非常に回りくどい意思表示なのです。

その克服された人に、同調する服従することによって

さも、克服した気分になることこそ、


前回書いた、断言する言葉を多用するひと【窮屈な人間関係】の意味なのです。

この、回りくどい意思表示に気づくこと・・
自分の都合のよい場所だけで、意思表示している事に
まず、気づく・・・・

本当に、心を克服した人は
そのことを、そっと、教えてくれるはずです。

確認してみませんか?

その人を、

自分を・・

考え、意思を持つという素晴らしさを・・・・




あなたは、たくさん傷ついてきました・・・

どんなにたくさんの傷を抱えようとも・・・

それは、あなたを本当に傷つけようとしているのか?

従わせようとしているのか?

想う言葉なのか・・

このことを見分けることが、目の前にある分岐点なのではないでしょうか?

きんたろう




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テーマ : 自己探求
ジャンル : 心と身体

断言する言葉を多用するひと【窮屈な人間関係】

「違う!!○○よ!」

「絶対こうした方が良い!」



口調の強い言葉に、うなずいてしまったことはありませんか?

よく考えてみると、押し切られただけで

何かが違う、そう思うことがよくありますよね。

断言するということは、何か一線を引くことなのではないでしょうか?

※後押しする言葉である場合もあります。


一切をはねのける言葉・・・

つまり、人に仕切りをつける言葉・・・

自分が信じるものだけ信じ

他を聞き入れようとしないのが断言なのではないだろうか?



正しい教えであろうと無かろうと

説得力があろうと無かろうと


人を仕切る言葉に間違いないだろと思います。

そして、その人の仕切りの内側でしか生きられなくなるのではないでしょうか?


私たちは、問題(家庭問題・子供問題)を抱えるがあまり

この強烈な言葉に、魅せられ自分を見失っていくのかもしれません。


そして、この強烈な言葉に酔いしれる事ほど

言葉を放つ人も、受ける人も

窮屈な人間関係(親子・友人・会社・学校)を作ってゆくのではないかと感じています。





著名な先生からこれをしたらいけません!こうなんです!
など、指導を頂く、それはそれで大切かもしれませんが・・
すべてを鵜呑みにしてしまい、伴侶や子供たちにに仕切りをつけたことはありませんか?

テレビや、雑誌の情報など、さも、確定したかの情報を信じすぎて
他者からの意見を必要以上の否定したことはありませんか?



この記事を読んでくれた人に伝えたいことは・・・

自分が断言したときに、思い返して欲しいということです。。

自分が、他者に仕切りをつけたがっているのか?

もしくは他者からの断言された言葉の、仕切りの内側に入ろうとしているのか?

感じて欲しいのです。

その上で、これからの自分を選択しなおして欲しいのです。


断言すること、されることで 

自分を窮屈にしている・・・・

まわりを窮屈にしているのなら、


”断言している、されている自分自身を”

もう一度考えて見てはいかがでしょうか



きんたろう

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テーマ : 家族・身内
ジャンル : 心と身体

心の領域を侵す【子供の心への領域を侵すとは何でしょう?】

子供の領域侵す。。たいそうなタイトルに、興味津々かもしれません。

子供の領域侵すことについて、親は結構気を尖らせて

自分はやるまいと心がけている方が多いはずです。

しかし、子供たちは、この領域を侵されることによって

心を歪めてゆくことが多いのではないかと考えています。


しかし、実際、多くの親たちは、子供の領域を心を侵してはいないと考える人のほうが

多いのではないかと思うのです。



この時点で、自分は子供の領域を侵しているのかということ

○×形式のインスピレーションで答えを出してみてください。


考える時間の空白・・・・・・














私は、子供の心の領域を侵していないという方も

侵しているかもしれないと思う方も

どちらでも良いと思います。


ただ、自分が、今、どの位置にいるのかということを測れないことが

そもそもの、問題の始まりにつながるのではないかと考えています。


つまり、自分の心の領域を侵されたことが分からないで

子供の心の領域を侵すという行為を、自分自身の中に見出すのは難しい
ことではないかと考えています。



何気なく、他人がした自分の中の領域を侵すということを

ただ腹が立つということだけで済まさず、自分のことに置き換えれば

物事は大きく変わってゆくのだろうと思います。


私事で、申し訳ありませんが 領域について例をあげてみたいと思います。

私は、現在、団地に住んでいます。(貧乏なんです^^)

もう、長い間 住んでいます。

この場合、団地の駐車場って、止める位置が決まっていて、
それらは、暗黙の決まりごとのようになっています。

ある日、新入居者がこられました。

私が、何年も止めていたにもかかわらず、
その人は、ある日突然、私の場所に止めていました。

驚きと、違和感が心を困惑させた後、

まず思うことは、常識あるなら気づいてくれ!という思いでした。
そんな日が、三日も続くと、帰り際には、。
「あの車、止まっているのかな?」「止まっていなければ良いな?」
など考えはじめ、そのうちには

思い知らせるために、クラクションを鳴らそうかだとか・・
張り紙をしようだとか・・・悪巧みを考えつつも、自己主張するべきかどうか
いつも戸惑ってしまうのです。

↑は、子供の心の流れに例えてあります。

この戸惑いを、いつまでも持ち続ければ、いつか私も きっと爆発することになります。



そして、この戸惑いこそ、子供たちが長年持ち続けている心領域を侵され続け
心を侵されたことによって出来た戸惑いの重なり合いだとすれば・・・・

どのようなことであれ、形(表現)にしなければならないのではないでしょうか?



たぶん、新入居者のひとは、何の悪気も無いかもしれません。

ただ、自分の領域を侵された時、何も見ようとはせず、自分にも問いかけず・・・

他者に怒りを向け 主張と権利と欲求を訴えるl事が出来る人ではないでしょうか?

自分の位置が分からなければ、人の領域をを侵した事にさえ気づけないのです。



今一度、考えて欲しいのです。

人々が良いと思う意見に流され、人の領域を侵すのか?(都合のいい解釈

自分の位置を、もう一度考え直して、確認し少しでも修正してゆく力を持つのか?


それは、自分次第なのです。




何の疑問(悪気無い)を持って無いはずなのに
何か人や子供の問題が起こるようであれば、いつか、この文章を思い出してください。。



きんたろう




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子供への質問と共依存の関係【子供の問題を抱える親御さんへ】

皆さん、子供さんのいる家庭では、
何気なく、子供に質問したりしますよね。

「あれ、やった?」 「これ、やった?」 「明日はどうするの?」
このような質問は毎日していますよね。

この質問に関して、共依存と深いかかわりがあるのではないかと考えています。
共依存という言葉は、もともとアダルトチルドレンの機能不全家族のメカニズムとして
使われている言葉ですが、現代では、ごく普通の家庭で表面上分からないように
行われているメカニズムなのではないかと考えています。

共依存とは、そもそも、風通しの悪い家庭で起こる現象であり
現代の家庭は、核家族に伴い環境が、この風通しの悪い家庭を作りやすい状態に
陥りやすくしているのではないかと考えています。

この事を踏まえて、子供に対する質問について考えてみたいと思います。


私たち親は、大人たちから言われ続けた事や自分が失敗した事で
痛感した経験を元に、子供たちに質問をし心配るという事を無意識に行っています。

次の日の準備や宿題、弁当の用意、

明日はどうすうするの?

決まって子供たちからは

うーん、わかんない・・・


など漠然とした答えが返ってきますよね。

実は、この時親は、この答えが返ってくるということを
わかっていて質問している事がほとんどなのです。

なぜ、分かっていて質問しなければならないのか?


自分の真意に問いかけて欲しいのです。

子供への質問、それに対する親の真意を分別してゆくことこそ
親自身の問題を解いてゆく方法であり
しいては、後々、子供問題を作らない方法でもあります。

そして、現在、子供の問題を抱える親御さんたちも
最速の改善方法を示してくれると考えています。

一度、子供さんに質問するときに意識してみてください。
必ず、何かが変わるはずです。

とりあえず、自分で考え、どんな恥ずかしい答え(自分にとって)でも
出してみることが大切なのではないかと思うのです。

そして、自分にとっての恥ずかしい答えが、認識力を高めてくれるはずです。
答えを出し、何か違うと感じることが出来たとき心地よい自分への一歩が始まる
かも知れませんよ♪


まず、子供に質問する この瞬間を捉えてみてください。
自分が何を考え、何を欲し、何を訴えたいのか?
まず、考えてみてください。


今回は、質問と共依存との関係まで書こうと思いましたが
せっかくなので、読まれた方と時間を共有したいと考えました。
もし、自分なりの答えを出したいという方が居られるなら
ブログなどに書かれるなどしてください。
FC2なら、足跡をつけてもらえば見に行きます。
FC2以外の方であれば、トラックバックしてください。
コメントが欲しい方は何気なくアピールしてください(笑
何気なくコメントしに行きますので^^






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同情ってなんなんだろう?【自分の同情を考え直す】

生活の中での同情、ネットの中での同情、現代の言葉による同情、

これらの同情について書いてきました。

なぜか、これらの事は、私の心を揺さぶらないのです・・・



問題が起こるたび・・・
「そんなの酷いよ!」と慰めをもらい 他人への憤りを募らせる・・

行き詰まり
「もう、だめだ・・」という人質をとり、立てこもる

そして、その救いの手を 究極の愛だと思い込み

互いに安心しあうその繰り返し・・・・



人々は

いつしか、同情しているのではなく、

人の辛さに同調させたり、同調することで、
はけ口の無い、自分に同情するようになったのではないでしょうか?


同情とは、共に愛情を注いだ人が突然亡くなり
そのことを受け入れることが出来なくて抱き合い泣いたり
辛い生活を共有しながら、怒りや憤りを分かち合い
同じ情を分かち合う経験の元で生まれてくるものではないかと感じています。

自分の不都合、不快を正当なもととして書き並べ
自らと向き合わせようとしない行為こそ、
相手を同調させようとする試みなのです


そして、同調してきた人間も

同調させられてきた人間も

同調なしには、生きていけなくなるのかもしれません。


同情って、なんだろう?





先日、虐待という記事を書きましたが
大人が、虐待をされている子供の問題にばかり同調すれば
その子供は、自分を見てもらえず同調される事に自己評価を見出してしまいます。
そして、同調なしには生きていられなくなるのが、最も同情するべき事ではないでしょうか?





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同じことをしている人【同情と同調】

同情をされたり、同情をしたり、

とても大切なことだと思います。

相手を思う気持ちがあるからこそ、それを力に出来る部分ってありますよね。

そんな、たくさんの応援をもらいながら

自分の悲しみや辛さを紛らわしたり

応援してもらうことで 力に見合った満足を得え

自信をつけたり、心の自立を目指すことで

満ち足りた気分を味わうことが出来るのでしょうね。。




ただ、同調をさせる同情は、自分も回りも巻き込んでゆきます。

そして、周りの人間もおなじように同調同情を作り出します。

負の同調は、余計に人の心を過敏にさせ傷つきやすい心を作るのではないでしょうか?

そんな環境が自分を一番辛くしてしまう。

追い込んでしまう。

誰でも、何度でもやっていることなのですが・・・

もし、自分の辛さや苦しさが変わらないようなら、、

自分が同じことをしているということに

気づいてみませんか?




自分のページをやコメントを一度読み返してみると
該当するのか?しないのか?分かると思います。
自分を辛い方向に追い込まないためにも
自分でチェックしてみてください♪

※理論武装や武等理論の同調も形が違うだけで変わりないかもしれません。






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二つの心が混ざり合う【心ふれあうという事】

人の心が変わってゆくとき・・・

他の人との、心からのふれあいが必要ですね。

見せ掛けのふれあいじゃなく

本物のふれあいが・・・

お互いの真意に触れ合ったとき、

その喜びが、永遠の記憶となります。




私は、ばあちゃんが大好きでした。

でも、ばあちゃんの人格を受け入れる人たちや支える人たちがあったからこそ

私に、愛情というものを伝えられたのだと・・・

今はそう思えるのです。


ばあちゃんは いつも怒っていました。。

暖かい顔で・・・

ばあちゃんは、どんな時も、私を好きだという眼をしていました。



だから、心から触れ合えた、遠慮しなかった・・・

でも、いなくなると考えるだけですごく悲しくなる・・・

そんな単純で深い関わりだった事だけ記憶に残っています。

でも、それで良かったんです。


だって、ばあちゃんは、風呂屋(銭湯)だったんですから・・

風呂を炊かせたら一流でしたし、

木の皮を向かせたら天才でした

踊らせら、大スターでした。

それに、八人もの子供を 飲んだくれのじいちゃんが死んでから

一人で育てたんです。 私の面倒も見ながら・・


大変だっのに、いつも、私のことを澄んだ目で見てくれました。

怒るときは怒る、笑うときは笑う。

そんな毎日が、楽しくて仕方ありませんでした。

だから、別れを考えると悲しくてしょうがなかったのですね。。。。


私は、たくさんの大人たちから与えてもらった環境の中で

一人の愛しい人を通して大切なものを与えてもらいました。


今になって、何故こんなことをしているのか?

ようやくばあちゃんが伝えたかったことの意味がわかりました。

ばあちゃんから、与えてもらった 安心を、心地よさを、潔さを・・

誰かに自慢したかったんですね。


そんな、自慢話をする為に、作文のの苦手な私が

こんなにたくさんの文章を書くことになるとは思いもしませんでした。。。

私の面倒を見るの、さぞ大変だったでしょうね。



混ざり合った二つの心の喜びを知るものは

混ざり合った喜びを誰かに伝えて行くことになるのですね。。


混ざり合った その人へ 心からの愛情と感謝を込めて・・・・



きんたろう





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答えは自分で出さなければならない【心が止まった時間】

私は、自分の心を守るため、いつしか人の心を読むことが出来るようになりました。

相手の、文章を見て、今、その方がどのような段階なのか?

何がその人を苦しめている核心なのか?

そんなことが、何気に判ってしまうのです。

たぶん、私と交流した人にはわかるかもしれませんが・・

ドキリ!としたり、言葉に詰まることがたびたびあったかもしれません。

大変、申し訳ありません。

しかし、これには理由があるのです。



心に深く傷を負った人は、その壁の高さゆえ、中々、その場所を離れようとはしません。

心の傷を癒すには、たくさん、たくさん、その心を受け入れてあげなければなりません。

受け入れ続ければやがて、何事もなかったように生活が出来るようになるでしょう。

しかし、何事もなかったわけではありません。

何か、開放できない部分が残っているからこそ

そこに立ち止まっているはずです。


過去を憎んだり、恨んだり、する感情を必死に抑え

自分愛を信じて 何事もなかったように時を止め日常を送ろうとしているのです。

止まった時を動かすためには、乗り越えるためには

立ち止まった感情を開かせる言葉が必ず必要になると考えています。



どんなに素晴らしい本に出会おうとも

どんなに素晴らしい思想の教えをもらおうとも

人の出した答えでは、止まった時は動き出さないのです。




それが、子供であろうと、親であろうと・・・・・


子供さんの問題を抱える親御さんたちは、

子供の問題を通し、自分が立ち止まっている場所を探し続けているのではないでしょうか?

そして、その答えを自分の手で出した時、

子供たちに、何をしてあげれば良いのか判るのかもしれません。

答えは自分の手で出さなければならないということを・・・





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待つ時間がひとを成長させる

私は いつも人を待っています

あの時 出会ったあなたに

また 出会えるよう

私は いつも人を待っています

あの時 投げかけた言葉を忘れないように

自分に 言い聞かせるように

何度も 考え 思い出し 待つことを忘れないように

あなたを待ち続けます。

あの時 あなたに言った言葉を謝りたくて待ち続けるのです

その時間を過ごす あいだ

私は 成長出来るのかも知れないと想っているのです





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星の王子様

とても心温まる、どこか懐かしい 星の王子さまという本・・・・
私達が、忘れかけてる事をきっと思い出させてくれる事でしょう♪
一部抜粋してある部分ではありますが・・・・
きっと、あなたの心を暖めてくれる事だろうと思います♪
まず、この物語を一度読んでみてください。。

人には、取り払えない垣根のようなものがあると感じています。
その垣根の高さは、誰が決めているのでしょうか?
誰にも見えない この垣根をどれだけの人たちが感じることが出来るでしょう。
人と人との繋がりなど、そんなに難しいものではないのではないかと思います。
子供のように遊び、笑い、寂しがり、怒ったり、嘆いたり・・・
そんな過去に、素晴らしい友(人間関係)は存在するのではないでしょうか?
私達は、大人になるにつれ少しづつ垣根を高くして
あの頃、見えていた景色さえ 見えなくなってしまっていたのかもしれません。



この作者は、前書きに・・・

「大人は、誰も、はじめは子供だった、
  しかし、そのことを忘れずにいる大人はいくらもいない。」


こう書き綴ってあります。

  大人になったあなたは、これまで受けてきた愛情を
         その頃に戻って見つめなおしてみませんか?



時々、私はこう思う・・・・・・・

私は、王子さまなのか、、キツネなのか、、、?

私は、あなたにとって、たった一人の人になれるのか、、、?

私は、あなたをを想い 麦畑が見えるのだろうか、、、?

私は、あなたの 決まり が見えるのだろうか、、、?

私は、あなたにに暇つぶしが出来るのか、、、?

私は、バラとの約束を守れるのだろうか、、、、?

肝心なものは目には見えない・・・?




私は、瞳を閉じ、ただ淡々と心を見つめる、、、、
         そして、王子さま待ち、キツネを探す旅にでる。








私は、この本に出会えて本当に良かったと思います。
    そして、この本のようなサイトを運営してゆきたい、そう思います。




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過去のあの人

誰しもあるように、過去の思い出には
必ずと言ってよいほど忘れられない人がいます。

家族関係の中であれば、親やお婆ちゃん、お兄さん、お姉さん、親戚
色々な人と関わり合った情景というものが心に沢山残っているはずです。

他にも、従兄弟や友人、先生、近所の頑固なおじさんなど様々な人たち
良い思い出もあれば、悪い思い出もありますが、
なぜか、それらはみな懐かしく・・
大人になった私たちに、ほのぼのとしたものを与えてくれます。

想いの残るの瞬間は、それぞれの情景を持ち、
その情景には一緒の情景を味わった人が隣にいたのではないでしょうか。
その時隣にいた人は、もうその事は忘れてしまっているかもしれません。
しかし、自分の心には、その人は、その時そのままの情景のままで残って行くのです



想いの残る情景の中には、兄弟や友人といたずらをして頑固親父に怒られ、
逃げおうせて二人で大笑いしたとか、
                                                      
冷たい家庭環境の中、たまに来た叔父さんに御馳走になり
おもちゃを買ってもらったり
今までに無かったような夢のようなひとときを過ごしたり。。
                                                      
毎日酔っ払って暴力を振るわれるたび、毎回自分をかばってくれた兄弟

学校で毎日毎日いじめられ、「もう死にたい」と思っていた時
何気ない言葉で笑わせたり励ましてくれた友達や先生


それぞれが、それぞれの場面に忘れられない人を焼き付け
同じように自分も、その瞬間を心に焼き付けて生きています。

その事が大人になって、同じような場面に出会った時、
懐かしさやほのぼのとした気持ちにしてくれる。
悲しい気持ちにしてくれる、泣きたいような気持ちにしてくれる。

そこに、別れと言うものが存在する限り、そのどうしようもない事は
その時別れた、過去の人たちの贈り物であり、受け取ってきたものでもある
だからこそ、私たちも贈り続けていかなければならない。


ほのぼのしたり、懐かしかったり、涙できる事、
その中には憎しみや恨みの気持ちは存在しない
そんな沢山の想いを出来るだけ沢山の人に伝え続ける事が出来たら
どんなに幸せだろう......


沢山の人に想いを分けてもらえたから、
今でも、その事をたくさん思い出せる。
伝える事を幸せだと感じる事が出来る。。

鬼のような顔で、毎日、毎日、ちゃんとしなさい、きちっとしなさい、
勉強しなさい、アレはやった、これはやった、
キンキン言われても、子どもの心には
そんな親の、イライラや引きつった顔しか焼き付けられないものです。


もし、あなたの心の中にも、”過去のあの人”が沢山いるのならば
思い出してみましょう。これまで出会った人々、重なり合う情景・・
そして、その思いを一つでも感じる事が出来たなら・・
今の自分を感じる事が出来るのかもしれません。
心に残る想いを回想し、その時受け取った無邪気な自分を
思い起こし身近な人に伝えて行ける事が・・伝わった瞬間が・・・
自分が活かされていると言うことだと思うし、
周りの人たちも活かされることだとなのではないかと感じています。

“過去のあの人”それは、心の中に一緒に焼きついた自分との記念写真であり
その一枚に、過去の人である自分の姿を映し出しているのかもしれません。


これは、昔のサイトで書いたものですが
少しリメイクしたくなりました。
心痛める人の記憶の操作を次回は書くといっておりましたが(^^;)
あまりにも表現が難しいので、しばらくは、過去の文章をリメイクして
行きたいと思います。





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信じる

信じることに 言葉は要らない

「あなたのことを信じている」

そういう言葉をよく耳にする

本当に信じている人に 

その言葉は使わない

もし、約束を問いかけられたなら

うなずくだけでいい・・・

私が、もし 「信じている」という言葉を使うなら

自分への決意か 相手への後押しをする時だろう・・・

人を信じるとは そういうものだ・・・

どちらにしても 裏切られても悔いは無い・・



良く戦争物の映画で 友と別れるとき
うなずいたり 敬礼したり 言葉無くとも感動をします。
恋愛物のドラマなどでは 「信じてる」とせりふで使われていますが
その違いを考えてみました。


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正しいことだけが正しい事じゃない・・

数年前、あるドラマを見ていたときの話だった。

ある正義感の強い看護士が 同僚を相手に完璧な正論をもって

同僚に食らいついていった。同僚は泣いて部屋を出た。

それを見ていた、婦長がこう言った。。。

「あなたは正しいわ・・・でも 正しいことだけが正しい事じゃないのよ・・・」

そのドラマとは!、「命の現場から」・・・・(--)(--)(--) シーーーン

誰も知らないか(-_-;) 中村玉緒(婦長役)がまじめな顔で言った。

(_≧Д≦)ノ彡☆ばんばん(゜▽゜=)ノ彡☆ギャハハ!!

しかし、この言葉は俺の心をずいぶん救ってくれた。



どんなに正しい言葉であっても 自分を誇示する為のものであったり

人を追い詰めるものであるのであれば 自分の心にも影を落とすことになる。

一方的に子供を叱っている自分とあまり変わりない。


正論を使い人を言い負かして 気持ち悪い感情が残るなら

すぐにでも、相手に謝ったほうが心地よい♪

気持ち悪い感情が残ったままそのことを繰り返せば 沢山の言い訳が必要となる。

そして、この感情は減る事はない・・・そして、言い訳は心を麻痺させ・・・

やがて感情は膨張し 威圧という塊になる。。



取り戻しがたい 塊になる前に・・・・

自分の言い訳に目を向け 

気持ち悪い感情を素直に受け止めることが出来るなら・・

”正しいことだけが正しい事じゃない”

という不可解な言葉の意味が分かるのかもしれない。


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