支配される共依存・支配する共依存

DV・恋愛依存・母子依存・いじめ・グループ(友人関係)
など、あからさまな共依存から、見えにくい共依存
それぞれ、どちらか一方でも窮屈だと感じた時
その関係の根の深さとは関わらず、

共依存という関係が存在しているという事を
認識してもらう為に、書くことにしました。 

この窮屈が作り出す人間関係は、現代の家庭の中に
ごく当たり前のように入り込み、風通しの悪い家庭のなかで
育つ子供たちの心を荒れさせているように気がします。

もう、他人事のように、共依存ってなんだろう?
このような意識レベルでは済まされない問題となっているのだと考えています。


その上で、ひとりひとりの現在の家庭を考えるきっかけと成っていただければ
幸いだと思います。

まず、DVは、圧倒的な身体的心理的暴力によって相手を支配する事だと
以前、フラッシュバックと映像の恐怖という記事に書きました。
興味がある方は、一度読んでからこの続きをお読みください。

DVの場合は、徹底的に相手を観察する事により 、
相手を窮屈な状態に追い込む事で、身動きできない状態を作り
そのプレッシャーにより 正常な判断が出来なくなり
怯えた精神状態に粗を見出され付け込まれて行きます。
怯えれば怯えるほど共依存という深みにはまってしまうのではないでしょうか?


恋愛依存の場合、自分が相手から受けた最高の愛眼の目を求め
その一瞬、満ち足りた気持ちを最高のものとし
その最高なものを求めるがあまり、愛情確認を繰り返し、
不安を打ち消す為に、
自分に目を向けさせようとさまざまな理解不能な言動をします。

DVも恋愛依存も、あまり変わりないと考えています。
男性の場合は、暴力、女性の場合は、自傷や究極の選択をさせる事で
依存者の過去への執着に取り込まれていく事になります。

その窮屈な関係の中で 相手の選択は狭められ
道を選べなくなった状態を(逃げ場をなくす考え方)植えつけれられるのです。

その窮屈な関係を作ってゆく工程の中で、少しでも居心地の良さを感じはじめたら
共依存という、いつか壊れる関係の始まりなのかもしれません。

※この場合の居心地よさとは、
 「私が居なければ死んでしまう」など自分が必要とされる事

これらの関係は、依存者と引き合う相手を選ぶ事で成り立ってゆきますが
引き合う傾向とは関係なく、健全な心を持つ人も過去の執着に巻き込んでいく事から
この共依存という言葉が使われるようになったのではないかと思います。



これらの引き合いの傾向など関係なく起こるのが母子依存ではないかと考えています。
子供に親は選べないからです。
本来は、DVや恋愛依存など、これらの行き着いた形として夫婦になり
その下に生まれた子供に、起こっていたのが母子依存による共依存ではありましたが

現代では、父親、母親に、これらの表向きの傾向が見受けられ無いにも関わらず、
共依存による関係の起こりがちな、子供による暴力や自傷、援助交際などの
問題がこんなにも起こっているのかを考えなければならないと思います。

そして、その途上にいる、不登校、引きこもり、いじめなどのも
同じ線上に居る事に注目しなければならないのではないかと思います。

その線上の、もとにあるのが私たち、ひとりひとりの家庭なのではないかと思います。 
だからこそ、原因追求を、まず足元から見てゆく必要があるのではないでしょうか?

しかし、これらの事は、一般的に、認識されていないために
自分自身の家庭を振り返るということは不可能に近いのではないかと感じています。

その事を踏まえて、これから、一見 何事もないかのような共依存の形の例を
説明してゆきたいと思います。

一見何事の問題を抱えていない家庭
妻は、旦那さんの言うことを良く聞き従い、義理父、母に服従し
他人から見れば、うらやむ嫁がいました。

いつも、その人は、家庭の問題を一人で抱え込んでいました。
旦那が、ああしてくれない、義理母が、何もしない。
それぞれ(旦那、義理母父)子供のことは猫可愛がりで
叱るのはいつも自分ばかり、家事育児は自分ですべて背負い込み
いつ帰ってくるか分からない旦那を待ち それに合わせ食事の支度をする。

子供の頃からしっかりしていて、非の打ち所がなく彼女は自立していました。
旦那さんも、とても温厚な人だと私は認識していました。

結婚して十年たっても私の印象は変わることはありません。

旦那さんの印象が変わらないにもかかわらず、その家庭は何かが違っていました。

旦那さんは、周りのことを気遣わず思った時間に思ったように動く
それに振り回されるかのように、家族全体が動く。。
彼女は、いつも回りに認めてもらえるように(旦那、義理父母、周りの親戚)
その旦那を中心とした関係に評価される言動
を行ってきました。

その事が、いつも私には滑稽に写っていました。

いつも、旦那さんのことが脳を支配しているのです。
旦那さんや周りに認めてもらうこと、認めてもらうことと同等に
沢山の気遣いをし、そのことで、旦那さんの自立を奪う事になりました。

しかし、その事が、余計に旦那さん(だらしない)を変えるという意欲に
自己評価を見出してしまう悪循環
となってしまったのだと思います。

旦那だらしなくなる=妻、旦那の増える問題ばかり考える=共依存

彼女の脳は、そのことで一杯で、子供が話しかけても
いつもうわの空です。

そのため、いつも口は一文字に食いしばり表情を閉ざしています。
その一文字の口元から感情を引き出すために
長女は、一生懸命良い子を演じ 母親に媚を売り
弟は、旦那を演じることによって感情を開こうとし、暴走ばかりして
いつも、叱られていました。

いつも子供たちに向けられる目は、その子供たちを見てはおらず、、
頭の中では問題ばかりに気をとられ子供たちを透視するかのような眼差
しなのです。
子供たちが、懸命に頑張っても、いつも違う方向を見ている人に
意思表示は出来ないのです。

この空回りした状態が、いつしか愛情への強い執着と変わり 自立を妨げ
愛情への強い欲求がやがて、他者へと向けられ依存心の強い人間を作り出します。
他者へのコミニュケーションがうまくいかない場合家庭内で問題が起こりうる
可能性が高くなり、家庭内で起こる結果となったのが
現代のさまざまな問題(子供の暴力、引きこもり、自傷)なのではないかと考えています。

そして、依存しあった人の罵り合い(共依存)が殺人に発展することもあるのです。

私たちは、支配する共依存も、支配される共依存もしっておく必要があります。
今回は、最も分かりやすい支配されることによる共依存について書きましたが。
現代の、共依存はもっと複雑で分かりにくいと考えています。

以前、子供への質問と共依存の関係について触れてみましたが
たかが質問で共依存へ誘導できるのが現代の家庭で起こっている
現状なのだと考えています。

きんたろう




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色々な共依存のかたち【新興宗教・母親のグループ】

・具体的な共依存を考えてみよう
・新興宗教の共依存的体質に分かりやすい共依存を見る
・複雑な共依存(母親のグループ化)について考える
・人間関係の親密・密着の違いを考える
・連鎖してゆく共依存 子供たちのことを考えてみよう。
・現在の自分の人間関係を考え心地よい関係を作ろう。


共依存といっても、色々なパターンがあります。
(゜∇゜ ;)エッ!? こんな事が共依存なのかという場合も結構あり。
とても自分では認識しにくいことが多いものです。

しかし、この事を ほおって置くととても厄介なことになる可能性は高くなるのです。
DV(ドメスティックバイオレンス)のように、ダイレクトなパターンの事であれば、
とても説明しやすいし、他の方から見ても判りやすいと思いますが・・・
実際、DVを現行の状態にいる方々でさえ、そのことを理解しても
中々、共依存から逃れることは難しいことだと感じています。

共依存は 必ず社会から孤立してゆくという
現象が居心地の悪い家庭環境への執着する結果になり。
暴力夫のもとへ帰るという行為を繰り返すことになるのだろうと思います。

簡単に言えば、物足りない、刺激がない、そこ(家庭)にしか自分の価値が見出せない逆にいえば、家庭しか私を必要とする人はいない・・・そう表現した方が 誰にでもわかりやすいと思います。

例えば、新興宗教にマインドコントロールされて 親が無理やり連れて帰っても
また、宗教に帰ってしまう・・決していい環境ではないのに・・・

新興宗教にのめり込んだ人は、勧誘された時点で 
社会に対しての孤立感を感じておられただろうし
信仰してゆくうちに、やっと自分の場所が見つかったような感覚になるのでしょう。

そこにしか自分の生きている実感がなければ 
それにしがみ付くのが人間だと思います。
そして、それがプラス思考だろうとマイナス思考だろうと
親切だろうとお節介だろうと信仰に執着しているということです。

だからこそ、信者は他者からの意見は自分への侵入になり返答はしても心には届きません。
逆に、※他者に意見を述べるときは 他者への侵入を知らず知らずの間に繰り返します。

※信仰を他者に勧めたりする時や悩みの相談を受けているとき親身に聞いたりする事
  ↑の勧誘するときの侵入は理解できるかと思いますが・・・


親身に話を聞くのが何故侵入なのかについてちょっと説明してみます。

相談を親身に聞くということは、
誰にでも良くある経験だと思いますし必要なことだと思います。
しかし、この場合は 相手との関係への密着を意図している 
つまり、密着した関係を作ることで
相手を離れられない関係
にしているという意図が読み取れます。

そして、その意図の大前提には信仰への執着ということがありありと見えます。
離れられない関係を作るというのは(密着)
相手の自立した意思を奪う侵入になるということです。
そのことをたいていの人は 
意識なく気付いているため 何らかの勧誘のを察知した時点で
遠まきに歩いたり 無視して素通りしたり
しているのだと思われます。

共依存の事を説明するのに一番説明しやすいので信仰宗教の事を書いてみましたが
これらの事を踏まえて 本題に入りたいと思います。

共依存と言う事は、現代の社会の中では時代背景とともに増加している傾向にあると思います。
そして、その生活の中に息苦しさえ感じている人は意外に多いのです。

例えば、お母さん方のグループ化など、非常に支配関係の色が濃く共依存関係の中で
身動きが出来ないようになっていて説明しやすいパターンだと感じています。

初めは個人個人で知り合った母親も、やがてグループ化してゆきます。
ランチやお茶などを繰り返すたび親密さは増してゆく事でしょう。
二人より、三人、三人より四人の方が話題に富, 人数を増やしてゆきます。

その中で発言とか ステータスの強い順番に 
ボス格になるリーダー的存在が頭角をあらわしてきます。
初めは個人個人から始まったお付き合いも いつの間にか グループ化して
発言力の、優劣により支配関係が始まることもあるのではないでしょうか。

最近良く聞く、公園デビューやお受験のグループなどありますが 
酷いときには※1山田被告のように同じグループの中の 
リーダー格を憎み その目を幼い子供に向け殺害
するという事もありました。

※1東京都文京区の若山春奈ちゃん(当時2歳)殺害事件で、
  殺人罪などに問われた山田みつ子被告


このような、母親のグループ化が 
どのように共依存と関係があるのか説明してゆきたいと思います

グループにおいて、親密という事と、密着しているという事を考えてみたいと思います。
親密なグループであるのであれば、お互いの決まりごと、
つまり、「今日、お昼一緒に食べない?」と言った場合 グループの一人が都合が悪い場合でも、
いとも簡単に断れる雰囲気を持ち合わせます。

もし、密着しているグループの場合、
お昼を断る事自体が裏切り行為のような緊張した雰囲気を
持ち合わせる
ことになるでしょう。

親密なグループの 力関係について考えてみると、力関係の上下は感じられず発言の自由やグループ内の個人的な付き合いも制限をかけられない環境にあると思います。


密着したグループは、力関係がハッキリしていて 
それぞれのステータスや発言力の順位付けが ハッキリしていて個人個人で 
その順位位置をはっきりと認識
しているのだと思います。


この順位位置をハッキリと認識しているという点が とても重要で、
この順位位置が自分の安定した位置(場所)であることに安定感を強く持っているという事になります。

そして、共依存で言えば この安定した位置にしがみ付く状態を示します。
そのうえ、隙があれば、自分の順位位置を少しでも 
より良い位置
にしたいという意図がグループの自由な言動や行動を縛りつけ
支配関係の色をより濃くしてゆく
ことだろうと思います。

ボス格の、母親はグループ内自分の位置を守るため クーデターのようなものを恐れ 
グループ内の発言や言動を制御し グループ内の個々の付き合いを嫌います。


母親は、子供の安全や環境にとても過敏である為 子供の環境や安全を優先し
問題が起こるのを嫌います、それが、余計にグループ内の発言や言動を制御します。

そして、この居心地の悪い環境にしがみ付く事が自分の居場所だと思い込むようになります。
すると、自分の意思が グループ内の意思である事のような錯覚を起こし
グループ内の不条理な決まりごとさえ、当然のことのように遂行(いじめ)できるようになります。

そして、グループ内の決まりごとへの裏切りは、精神的処罰という形でグループ内の
暗黙の拘束として、エスカレートしてゆくのではないでしょうか?

そして、このグループの順位位置のどの位置に位置していようとも・・・
その順位位置の人それぞれ、存在しなければ成り立たないという事なのです。
ボス格の人物が失脚したとしても、また次のボスが生まれ
最格下の人物がいなくなれば 中格の人が、最格下に下がるという風に・・・・

グループにしがみ付き、密着された環境に自分の自由な意思や発言、言動を制御されても
その愚劣な環境から逃れられない・・


まるで共依存と変わりないのではないでしょうか?
私は、このような関係が見えた時、言葉を失ってしまいます。

そして、この母親のグループを受け継いだように 
子供達のイジメ問題やグループ化
などを考えてみると以外に繋がっているような気がします。
そして、最近まで良く報じられた 学級崩壊(それぞれの子供達が勝手な事をしている)
なども 親の放任主義や無干渉
などによって起こり得た物だとしたら・・・
以外に、面白いものが見えてくるのかもしれません。

最後に、親子関係でも 友達関係でも それがグループの中の関係であろうと
今、自分にある全ての関係の中で
親密なのか、密着した関係なのかを判断できる事が大切
なのではないかと思います。
そして、プラス思考であろうとなかろうと 親切であろうとなかろうと
他者への侵入であり、自分と相手の両者の意思を奪い自立を奪いとる
のではないかと思います。

共依存は、私達の知らない間に 社会の人間関係にまで反映されつつあります。
そして、最も気付きにくい人間関係なのです。
その事を踏まえて、自分にとって居心地の良い環境に気付いていただければ幸いです。

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