二つの共依存【二つの安全な場所】

妻と、彼女は、子供が保育園に行くようになって知り合いました。
まったくタイプが違う二人は、運命にでも引き寄せられるかのように見初められ
彼女に、巻き込まれてゆく事になったのです。



彼女は、強引で物事を仕切るタイプの人であったため※
よく言えば、一匹狼のような感じだと思われれば分かりやすいかもしれません。

※自分の意見をズバズバと言い 私は、人と違うからという思い込みの強い人
 他人には、あまり興味が無いが、それに反して身内には執着愛の強い感じです。


妻は、彼女の強引な誘いにいつも困惑していました。
当時、私は、妻が何に困惑し恐れているのかも分からずに、
妻の気持ちをなだめていた様に思います。

妻は、ズカズカと心の内に入ってくる彼女に必死に抵抗していたようにさえ感じました。
その鬼気迫る感じに、私も妻の心内を理解する事に必死だったと思います。

しかし、こちらが距離を置こうとしても、その子供同士が引き合うのですから・・・

不思議なものです。

こちらが、どんなに距離を置こうとしても、子供を介して踏み込まれるのですから・・
共依存とは、色々な絡み合いを巧妙に使いながら互いを離れられなくする仕組みだと
過去を振り返りながら思う事があります。

多分、この仕組みを知らない(過去の私でもあります)人であれば
何も気付かない間に、心苦しい状況に追い込まれる事になるだろうと思います。
それくらい、分かり図らい仕組みになっている事を理解いただければ幸いです。


結果的にいえば、妻と彼女の関係は、彼女のプライドを傷つけながら
距離を保ち
、多少の違和感はありますが、いい関係を作れたのではないかと思います。

※彼女の誘いを断り続ける事によってショックを与え妻の心の領域を知らしめ続けた


彼女の誘いを断る事は(プライドを傷つける事は)非常にエネルギーの要ることですので
私は、妻の罪悪感を和らげるために共依存(心の侵入)に対するサポートをしました。

※共依存(心の侵入)に対して、断る事は悪い事ではないのだと言う話し合い


当然、プライドを踏みにじられれば、執拗な揺さぶりもかけられます。
回が重なれば、より断る事に心の負担になる事はいうまでもありません。
これらの事を、乗り越え自分の領域を守る事は容易な事ではないでしょう。

※誘いを断れば、次回の誘いを断るプレッシャーがかかります。


壊滅的な関係に至るまで、断ち切ることは愚か気付く事さえ出来ないのです。
これが、共依存の最も恐ろしいところでもあります。
そして、まったく気付かない結末として、関係は修羅場を持って振り出しに戻されるのです。

修羅場に安堵し(心の内を少しだけ爆発させる)、
振出から修羅場への永遠の繰り返し・・・
永遠に続くこの繰り返しと、切れない関係に疲れ果ててゆくのです。
そして、その結末として、断ち切り・・・(絶縁・殺人)
という現実が、頭の中で大きくなってゆくのではないでしょうか?


現代、身内同士の殺し合いが多いのはこの傾向にあるからだと感じています
究極の安堵(修羅場)は、振り出しに戻される(究極の落胆)事により
愛と嫌悪のハザマに執着と言うエネルギーを見出すのかもしれません。

勇気をもって発した言葉に、やっと、分かってくれると安堵した瞬間
まったく分かっていない相手を見せ付けられ落胆
を繰り返せば
注いだ分のエネルギーを取り戻すためいつか分からせたいと言う思いが強くなるはずです。
この、ムキになった状態が、共依存の力の根源であるのではないかと考えています。

そして、このムキになった状態が、常態する事によって
癖のような物を作り出します、それが、相手の質疑に応答する瞬間
たくさんの迷いをもたらします。

相手に意に沿う言葉を選んだり

(選んだ場合、後に後悔にさいなまれる)


反発して、本心を執拗に訴えたり、

(選んだ場合に非常な罪悪感にさいなまれる・悲しみに包まれる・被害者意識に覆われる)



二つの真逆の、応答を選ぶ事になります。


この二つの真逆の応答は、真逆の方向を向いているようで

自分を責めるという方向で、同じ方向を向いていることになります。



同じ方向を向いていながら、それが分からず互いに不幸の選択をしてしまう・・

させてしまうのです。


この時、二つの究極の選択を左右するのが応答する相手とのその瞬間の力関係で

選択
しているとするならば理解できるのではないでしょうか?


例えば、強引な質問には 意に沿うような弱気な応答をする

本意ではない応答を繰り返し、持ちきれなくなり怒りを爆発させる

ラインを超え、いきなり高飛車な質問には、いきなり危うさを感じ怒りを爆発させる。


安全であると判断すれば、限界まで我慢し、危険を感じれば安全を確保(爆発)する。

つまり、力関係に感情を支配されているという事になります。

力関係において、常に、逃げ場を(安全な場所)確保し続けているのです。



そして、これが。。

力関係において、生き延び逃げ込み続けたシェルター。。。。

二つ目の安全な場所。。。





この二つ目の安全な場所が、現実の安全な場所を拒み続けているのではないかと思います。

どんなに知識を入れ込んでも、どんなにすごい理論を手に入れたとしても

その素晴らしい力が、シェルターへ引き戻す力となっているのであれば

これまで、どこか心晴れない自分への理由が見えてくるかもしれません。 

どちらにしても、二つ目の安全な場所を認識する事は

これまで、長い間、心の問題に苦しみ考え続けた人たちには

大きな分岐点になるかと思います。





本心とは、別に、意に沿う事で生き残ってきた人間(サバイバー)

人を封じる事事で、生き残ってきた人間(独裁者・サバイバー)


どちらも、同じ意味合いを示しているように感じられてならないのです。

これらが、ひとつになったとき、使い分ける事で自分の安全を確保しました。

※共依存やアダルトチルドレンという人格が形成された。

ここに、サバイバーと言われる人たちの安全な場所(自分を守る)があるとしたなら

回復への難しさに納得できると私は考えています。



命を懸けた、心の戦い、心に止めを刺されないように生き残ってゆく

見えない世界での、駆け引きを繰り返しやっとの想いで、現状を維持してきたのだと

私は、そう。。思います。



だからこそ、
心の問題のプロフェッショナルであるカウンセラーでさえ、
何故、困惑させる事ができるのかという
理由さえ見えてくるのではないかと考えています。


長い、長い、共依存関係にあり、駆け引きを繰り返してきたサバイバーにしてみれば
理論だけ学んできた、カウンセラーなど赤子同然なのです。
何十時間もかけて、振出に戻す・・・・自分にとっての安全な場所を守るため・・・


カウンセラーにしてみれば、
長い会話をし信頼関係を築きようやく核心にたどり着いた
その時、突き落とされる・・・・
このような感覚なのかもしれません。

これらの事は、現在、カウセリングを受けている人にとっても
カウンセリングをしている方も、知っているだけでも楽になるかと思い書きました。

最後に、

心痛める人たちには、心を開かせる安全な場所が必要です。
しかし、どんなに心開かせる場所を提供したとしても

あなたの身を守ってきた、

二つ目の安全な場所を認識しなければ

戻ろうとする場所に気づかなければ、

あなた自身の安全な場所によって、生きづらさを感じ続けなければなりません。

二つの安全な場所・・・・


きんたろう





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